転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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竜食山前基地の役割

「さて、二つほどお伝えしておくことがあります。一つ、ロブスはまだこの基地に到着しておりません。これは珍しいことではなく、途中の基地で何か問題があった場合には良く起こることです。数日滞在いただければ問題ないかと」

「そうですか……。では申し訳ありませんが待たせていただきます」

「こちらは基地ですので、王女殿下にふさわしい住居を用意することはかなわないかと思われますが……」

 

 わざわざ試すようなことを言って、フーヴァはさりげなくクルムの表情を窺う。

 

「こちらが押しかけてきたのです。貴重な時間を割いていただいた上、設備を利用させていただくことには感謝しかありません」

 

 そこはクルムも心得たもので、きちんと申し訳なさげな表情を作って謝罪する。

 ここまでされるとなかなか疑えないのが人情というものだ。

 フーヴァは一時的に王女に対する疑いを晴らして、次の話題へと移る。

 

「二つ目ですが、ただいまこの基地は、夜間になると駆鎧竜(くがいりゅう)の襲撃を受けています。ああ、地を駆ける硬い鱗に覆われた魔物ですね。咬合力が非常に高く、噛みつかれたら最後です。どうやら最近、この付近に集団で移動してきたようなのです」

「……竜食山で大物同士が争ったのかのう」

 

 グレイがぽつりとつぶやく。

 竜食山の厄介なところは、常に少ない食料を求めて魔物たちが争い殺し合っているところだ。そのせいで凶悪な魔物が地域ごとに君臨していることが多く、生態系が一定でない。

 今回のように住みかを追い出された魔物が一斉に外へ出てくることも珍しいことではなかった。

 

「はい、私たちもそのような見解です。……グレイ様、は竜食山にもお詳しいのですか? 手紙にはこの辺りや魔物に関する識者だと書かれておりましたが」

「まぁ、そんなところじゃな。駆鎧竜は何でも噛んで破壊するが、今のところ外壁に傷はないようじゃったが」

 

 なるほど、リゾルデはグレイの身分を旧アルムガルド領の家柄のものとは書かなかったらしい。人によっては昔の事件も知っているだろうから、警戒対象にもなり得るということで、無駄な摩擦が起こらぬよう情報をあえて伏せたのだろう。

 それでもラウンドの友人となれば貴族であるとわかるし、強者であるというのも伝えてある。

 必要な情報はきちんと伝わっているところは流石であった。

 

「ええ、前面は。山側の壁は酷いものです。これまでは外壁の上からの攻撃で対処していましたが、今夜からは外へ出て戦わなければなりません。本当はロブスが来るまでは我慢するつもりだったのですが、そろそろ限界ですね。完全に壁が崩壊してからでは遅いですから」

「それで先ほど増援と」

「ええ、希望が先走ってしまったようです。申し訳ありません」

 

 冷静に見えるフーヴァだが、現状はあまり良くない状況なのだろう。

 立派な外壁が崩れれば補修にはまた時間がかかる。

 フーヴァにとっては兵士の命も大事だが、〈要塞軍〉にとっては、それ以上にこの基地を維持することが重要だ。もし竜食山から漏れ出す魔物たちをここで間引きできない場合、〈リガルド〉まで魔物が到達することだって増えるはずだ。

 犠牲者はもっと増え、〈リガルド〉の信用が落ち、〈要塞軍〉の維持に影響が出る。

 

 ただ無駄に前線基地を立てて兵士を駐屯させているわけではないのだ。

 

「ふむ……、まぁ、構わん。世話になるのだから、鰐共の処理ぐらい手伝ってやろう」

「わに……ですか?」

「ああ、駆鎧竜のことじゃ」

 

 竜食山にも幾度も来たことのあるグレイは、そのふもとの川に住む駆鎧竜のことはよく知っている。大きな口をガパリと開けなんでもかみ砕くその生き物は、グレイが知っている鰐を恐ろしく丈夫に、大きくしたような魔物だった。

 それでいて集団で行動するからたちが悪い。

 これを追い出すほどの魔物というと、またなかなか強いのが竜食山のふもとまで現れたものである。

 

「なるほど……。私が〈要塞軍〉に入った頃は、竜食山から下りてくる魔物は、これほど多くなかったのですよ。ここ二十年ほど、年に数度こういった襲撃が発生し、犠牲者が出ております」

「ふぅむ、もしかすると、何やら妙なことが起きているのかもしれんな」

 

 何もわかっていないくせにさも意味ありげに呟くグレイ。

 しかし王都に来てからはグレイも竜食山に間引きに出かけることもなくなったので、放置して早二十年。生態系も大いに変わっているのかもしれない、なんて考えも一応ある。

 

 実はこの件に関しては『二十年』という符号が結構重要なことには誰も気づいていない。

 グレイは二十年ほど前までは、定期的に竜食山へ赴いて魔物を狩っていた。

 すなわち、グレイ自身がその生態系の一部に加わっていたのだ。

 嵐のように現れて各エリアの支配者たる魔物たちを殺戮し、嵐のように去って行く

人間。竜食山の魔物からすれば、グレイの方が余程魔物じみている。

 

 話を要約すると、グレイがやって来たあとには空白地帯がいくつかできて、そこを巡る魔物同士の争いが発生していた。

 それゆえに竜食山の魔物の下山が少なかった。

 フーヴァは雰囲気に誤魔化されているが、つまるところこれは単純な話であり、意味ありげに『ふぅむ』などと唸るほどの話ではないのである。




主人公最強ってタグが付いているだろう!
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