翌日から基地の居心地はすっかり良くなった。
昨晩のことが既に伝わっているのか、クルムを見かけると兵士が穏やかに挨拶をしてくれる。よく分からない来訪客から、勇気と理解のある王女様に認識が変わったということだ。
たった一度の機会でこれだけの成果を出すのだから、なかなかどうして大した器である。
もしグレイ一人が対応していたら、ただ無双だけして終わっていたはずだ。
それもまた尊敬の一つではあるが、相手に緊張を強いるものになってしまう。
人との円滑なコミュニケーションをそれほど重視していないグレイでは、それも仕方のないことであった。
クルムが接客が完璧なファミリーレストランだとすれば、グレイは怖い店主がいる知る人ぞ知る名店といった感じである。後者は来るものが限られるし、場合によっては炎上したりもする。
ロブスが竜食山前基地までやってきたのは、更にその翌日のことだった。
真面目な顔をして門をくぐって入ってきた集団を遠くから眺めていたグレイは、ロブスの真面目な表情を見て、案外きちんと仕事をしているのだなぁと思う。
そりゃあ大隊長として各地を回っているのだから当たり前のことなのだけれど。
ロブスはしばらくフーヴァと言葉を交わしてから、クルムたちが来ていることを聞かされたのか、きょろきょろとしてグレイのことを見つけて駆け寄ってくる。
「あ、先生お疲れさまっす。なんか俺の仕事代わりに手伝ってもらったようで……」
「乗り掛かった舟じゃ。気にするでない」
「ありがとうございます。でー……、なんか王女殿下がうちのカリヴに用があるとか?」
「はい、実は……、カリヴさんのご家族が会いに来ているんです」
「へー……、カリヴの存在って外に知らせちゃいけないってなってたんすけど、大丈夫なんすかね」
一応〈要塞軍〉に対する忠誠の厚いロブスは、困った顔をしてグレイの方を見る。
クルムに対して失礼な話ではあるが、ロブスはクルムの言葉よりもグレイのことを信頼している。
「ラウンドの奴とリゾルデとは話がついておる。……というかお主、ラウンドが儂と旧知であることを知らんかったのか?」
「いや、知ってたっすよ。でも〈要塞軍〉の決定権ってほぼリゾルデさんが持ってるし、関係ないと思ってたっす。っていうか先生、もしかしてうちの大将が誰か知らなかったんすか?」
誰にでも遠慮のない男ロブスは、一応師であるグレイに対しても遠慮がない。
見事なカウンターであった。
「……〈要塞軍〉のことはよう知らんかった。縁がなかったもんでな」
こうなると流石のグレイも知らなかったことを認めるほかない。
渋い表情で答えると、悪気があるわけではないロブスも「それは申し訳なかったっす」と素直に謝罪した。
「えーと、じゃあちょっと待っててください。カリヴ呼んでくるんで」
ロブスは「おーい、カリヴー」と声を上げながら集団に戻っていく。
ロブスの隊は少数精鋭のようで、竜食山前基地ほど数はいない。
移動しながらの任務になるので自然とそうなっていったのだろう。
そんな中に一人混じる加工屋という異色の職業を持つ男は、状況もよく分かっていないのか、怪訝な表情でロブスの後をついてくる。
そのむすっとした顔は、グレイが世話になっていた加工屋の男とよく似ていた。
つまり、ヴァモスともよく似ている。
「ロブス、用はなんだ?」
「説明は俺じゃなくてこっちから」
二人は気安い仲のようで、上官であるロブスに対してもあまり敬意を払っている様子はない。
説明もなく連れてこられたようで、やや不機嫌だ。
ロブスに促されてじろりとクルムとグレイを見る。
「はじめまして、カリヴさん。私はハルシ王国が第十一子、クルム=ハルシと申します。以後お見知りおきを」
カリヴはぐるりと首を回してロブスを睨んだ。
俺の事情を知っているだろうと言いたげな、射殺さんばかりの鋭い視線だ。
「この度はラウンド様、リゾルデ様に許可を取り、はるばる会いに参りました」
「……何の用ですかね。俺はしがない加工屋ですよ」
王女と聞いてカリヴは怯んだが、すぐにとぼけて見せる。
どうやら〈要塞軍〉の上層部とも話がついているようだから、勧誘などでもない。
だとするとカリヴには王女様ががわざわざやってくる理由なんて思い当たらなかった。警戒するのも当然のことだ。
「正確には……、あなたに会いたいとおっしゃっている方を連れてきた、ですね。もちろん、私も会えることを楽しみにしておりましたが。どうぞこちらへ」
クルムがあえて会いに来た人物の名前を出さないのは、ここでカリヴにへそを曲げられては困るからだ。見るからに頑固そうな男であるから、父と娘が来ているなんて知らされたら、場合によっては会えないと断りそうである。
そういった手のかかる話は、関係ないよそ者が説得をするより、当人たち同士でやってもらった方がいい。
クルムを先頭に、続けてカリヴ。その後ろをロブスとグレイが固める。
扉を開けて小屋の中へ入ると、そこにはヴァモスとラーヴァが椅子に座って待っていた。
「……聞いてないぞ」
思わず逃げ腰になったカリヴの背中にロブスが話しかける。
「何してんすか?」
「さっさと中へ入らんかい」
退路から退く気のない二人を見て、カリヴはしばし逡巡してから、気まずそうに目を逸らしながらゆっくりと小屋へと足を踏み入れるのであった。