「あ、先生いたいた。ちょっとお願いがあるんすけど」
「何じゃ藪から棒に」
二人が基地内をプラプラと歩いていると、ロブスがフーヴァを連れ立ってやってきて大きな声で話しかけてきた。
「折角こんなところまで来たし、ついでに竜食山の調査手伝ってもらえないっすか?」
「ふむ、構わんぞ」
「良いのですか!?」
フーヴァが驚きの声を上げる。
ちなみにクルムもあっさり了承したグレイに内心驚愕していたが、表情には出さない。
「ついでに手に入れた素材はこの基地に全部やろう」
「太っ腹っすね」
「そうじゃろう、では出発するか」
「そうっすね」
「今出れば夜半にはたどり着くじゃろうて。明日一日うろついて明後日帰りじゃな」
「じゃ、食事の支度とかしてくるっす」
「三人分じゃぞ」
「王女殿下の分っすか?」
「そうじゃ」
一切の躊躇なく進んだ会話は、そのままロブスが一時的に立ち去ったことで終了する。フーヴァは話についていけていなかったが、クルムは一応話についていけているような顔をしていた。
「クルムよ、竜食山の様子を見せてやろう。あそこには様々な魔物がおってなかなか面白いぞ」
「そうですか、よろしくお願いします」
平然と対応を続けるクルムにも、フーヴァは驚きを隠せずに口を開く。
「あの、うちからも護衛を出しますよ。私が行くわけにはいきませんが、昨日の恩もありますし、皆こぞって志願するはずです」
「いや、いらん。儂とロブスがおれば十分じゃろう。そこまで危険な場所まで登らぬ」
何やら随分と機嫌のよさそうなグレイは、フーヴァのことを適当にあしらう。
「そうですか……。特別何か準備するものなどはありませんか?」
「いや、ない。あまり気にするでない。教え子の頼みじゃからな、あとで何かを要求したりもせん」
「いえ、むしろ何か要求してくださった方が……。まさか何もなしにあんな危険な場所に……」
「良い良い。ほれ、お主もさっさと仕事に戻るが良い。忙しいのじゃろう?」
「は、はぁ……」
フーヴァが今一つ納得していないのは、彼が幾度か竜食山を訪れており、その危険度をよく知っているからだ。こんな近所に買い物に行くくらいの気軽さで出かけるような場所ではない。
フーヴァもかなりの強者であるが、やはり一線を越える強さを持つ者というのは、どこかねじが外れていると呆れ半分だ
「ああ、そうじゃ、一つだけ頼んでおこう」
グレイのその言葉に、流石に何かあるかと、面倒というよりむしろ当然だろうと思い耳を傾けるフーヴァ。
「連れてきた加工屋の者たちに、数日ここを空けるから大人しくしてるよう伝えておいてもらえるかのう」
「あ、ええ、もちろんそれは。……それだけですか?」
「それだけじゃが」
「はぁ、承知しました」
そんなことは頼まれなくてもやる。
フーヴァは言われた通り仕事に戻るために歩きながら首をひねる。
そもそもこの調査は、フーヴァから言いだしたことではなく、ロブスから勝手に提案されたことなのだ。
駆鎧竜の討伐に間に合わなかったことの謝罪と埋め合わせに、と。
「……先生、もしかしてですが」
フーヴァが去って行ったところで、クルムが隣にいるグレイをジト目で見上げる。
しばしその意図を考えていたクルムは、なんとなくグレイらしい理由に思い当たったようだ。
「なんじゃ、もったいぶって」
「…………いえ、まさかと思うんですが。さっきのカリヴさんの態度に腹を立てて、見たことないような変な魔物を討伐して素材を持ち帰り、父親と娘の前で恥をかかせてやろう、なんてこと考えてないですよね?」
グレイは頬をポリポリと指先でかいてから、まじまじとクルムを見下ろしてゆっくりと口を開く。
「……まさか儂がそんなこと考えるわけないじゃろ。そんなことを考えるなんて、お主、なんて性格が悪いんじゃ。おー、怖いのう、流石王になろうとするものは違うわい」
「……図星ですね?」
「まったくもって善意じゃ。ここの大隊長は中々話が分かる奴だったからのう。少し貢献してやろうかと思っておる。それにほれ、さっき言ったじゃろう。教え子の頼みじゃからなぁ」
図星でなかったにしては妙に口数が多い。
「ほっほ」とただの好々爺みたいなふりをして笑うグレイに、今更騙されるようなクルムではなかった。
さて、二人と別れたフーヴァが来た道を戻っていくと、さっさと準備を終えたロブスとすれ違った。楽しげに死地へと向かおうとするロブスを、フーヴァはついつい呼び止める。
「なあ、ロブス」
「はい、なんすか」
「グレイ様がお前の代わりに手を貸してくれた。だからもういいと言ったのに、どうしてお前は竜食山へ行く。しかもグレイ様を巻き込んでまで」
「巻き込んだ……すか? いや、どうすかね……」
ロブスは顎に手を当て、よそを向いて少し考えてから、思いついたように「ああ」と呟く。
「なんか先生が退屈そうな顔してたんで」
「退屈だと? 昨日の今日でか?」
「いや、知らないっすよ。でも俺にはそう見えたんすよね。それに、勿体ないじゃないすか」
「どういうことだ」
「自分より強い人の戦いが見られるんすよ? 存分に勉強させてもらわないと」
ロブスが颯爽と立ち去っていく。
あんな適当な言動が多いロブスだが、実はあの男、なかなかどうして勤勉なのだ。
強くなるための努力を惜しまない姿に、フーヴァは脱帽した。
天才に努力をされては、凡人はどうしたら良いのだと思う。
そして、あんな風に様々なことを度外視してでも一つのことに執着できるからこそ天才なのかとも思う。
それを平然と相手をするグレイはもちろん、驚きもせずに了承したクルムも、フーヴァにはにわかには理解しがたい存在であった。
ちなみにクルムに関しては、グレイに振り回されっぱなしなのであるが、どうやらフーヴァはうまく演技に騙されてくれたようである。