山を下っていき、昨晩一泊した場所へ戻ってのんびりとしていると、夕暮れ時にはロブスが戻ってくる。こちらは手ぶらであったが、身体の各所が血で汚れており、それなりに戦闘をこなして来たであろうことが見て取れた。
「先生早いっすね。なんか面白い魔物みつかったっすか?」
「ほれ」
指先で摘まんで見せたのは、赤くぶにぶにとした、屍纏いの核の部分である。
「なんすかそれ」
「見たことがないのか? これは屍纏いの核じゃ」
「屍纏いっすか。よくあんなもん倒したっすねぇ……。俺はあれ見たら戦おうとは思わないっす」
「ほう? なぜじゃ」
「倒し方わからないっすもん」
グレイは空を仰いでしばし悩んでから、ああ、と重要なことを思い出す。
屍纏いの討伐方法を思いついたのは、幼い頃のグレイだ。
狩人たちもできるだけ関わらないようにしていた魔物だったのだが、それにしては個体数が増えないため、なにか仕掛けがあるのではないかと調べたのだ。
結果見つけた弱点が炎。
フレイムタンをはじめとした、主に竜食山の火山洞窟エリアに暮らす魔物たちは、屍纏いを殺してその縄張りを奪うことが多い。そのため屍纏いの個体数はそれほど増えることがないのだ。
知らなきゃ犠牲もやむを得ない魔物。それが屍纏いであった。
「ありゃぁのう、炎を使う魔術師にやらせりゃ一発じゃ。ただな、この核を手に入れるためにはそれなりの苦労が必要で……」
「マジっすか!? 炎の魔法っすね。先生、詳しいっすねぇ……。なんか旧アルムガルド領の狩人が手を貸してくれるようになったって聞いたっすけど、もしかして先生と一緒にこの辺回った方が話早くないっすか?」
グレイが特殊な方法で核を手に入れたことを自慢しようとしたのに、ロブスにバッサリと話を遮られる。そりゃあロブスにしてみれば、今まで対処の仕様がなかった魔物の攻略法がはっきりしたのだから喜びもする。
当然グレイは話を遮られて少しばかり不機嫌だ。
それをあからさまに面に出しては格好がつかないので、腕を組んで静かにしているけれど。
「しかしお主ら、屍纏いの殺し方も知らんとなると、少々観察が足りんのう。精鋭を集めて、しばらくここで合宿でもしてはどうじゃ?」
「俺と何人かならともかく、守らなければいけないような状況になるときついっす。〈要塞軍〉に入ったら、訓練で人が死ぬ、なんて噂されたら誰も来なくなる、ってのがリゾルデさんの意見っすね」
地獄のような訓練をして、良い給金を貰っても、命を落としては意味がない。
長く訓練を積み重ね、心と体を鍛え上げれば、基地を守り街を守るために命を張ることはできるようになるかもしれない。
それでも、強くなるためだけに死地へ向かえと言われると、ちょっとばかり話が変わってくる。
「どっちにしろ死ぬ可能性があるなら、俺はそんな訓練も有効だとは思うんすけどね」
「そうじゃなぁ……。死地からしか得られぬ経験もある」
「そうっすよねぇ」
断りはしたものの、ロブス本人としては今一つリゾルデの意見を感覚的に理解できていないようだった。ある程度強くなって一線を越えてしまうと、自らの死に対する忌避感が薄れてしまうのかもしれない。
これは確かに、次世代の頭脳が必須である。
「……戦いもしない私がこんなことを言うのはどうかとも思いますが、リゾルデさんの言葉が正しいように思います。もし人を募って、より〈要塞軍〉を大きくしていくのならば、ですけど」
「ほう?」
「あ、やっぱそうなんすか?」
グレイもロブスも、クルムのことを子供だとは思っているが、その意見をないがしろにするような性格はしていない。するとしても、とりあえず聞いてしょうもなかったと判断してからになるだろう。
「はい。お二人の意見は、犠牲をいとわずに、特別に強い個を作るためのものだと思います。〈要塞軍〉は性質上、旧アルムガルド領から漏れ出した魔物を討伐する必要があります。軍の人数を確保できない場合、いくら個人が強くても漏れが出てしまいます。いずれ〈要塞軍〉の名声がより高まり、人数確保が容易になり、盤石となればまた話は変わってくるのでしょうけれど……」
「よく考えてるっすねぇ……」
ロブスは異存ないのか、あっさりと頷いて納得して見せた。
クルムが、さてグレイはどうだろうとそちらに目をやると、何や真面目な顔をして思案している様子である。
「先生、どうされました?」
「いや、……まぁ、訓練の話は言ってみただけじゃ。なかなかどうして、しっかりと考えておるもんじゃのう」
なにやら引っかかる部分はあったが、一人前として意見を受け入れてもらえたことに、クルムが内心僅かに喜びを感じながら小枝を折ってたき火に放り込んだ。
その夜のこと。
水分を含んでいた枝がぱちりとはじける音を聞いて、クルムは目を覚ます。
ぼやけた目で焚火の方を見ると、未だグレイが起きて焚火の世話をしているようであった。
少しずつ見えてきた横顔は、どこかいつもよりも真剣で、その目はどこか遠くを見つめているようであった。
「……先生は寝ないのですか」
「ロブスと交代で寝るんじゃ。野営の基本じゃのう」
こっそりと近づいて声をかけると、グレイはほんの僅かにも驚くことなく、振り返りもせずに答える。
「何か考え事でしょうか?」
「うむ、まぁ、そんなところじゃな」
グレイにしては歯切れの悪い返答だった。
その細められた目は西の方をじっと見つめている。
クルムが黙っていると、グレイはゆっくりと口を開き静かに語る。
「旧アルムガルド領は広い。北西に竜食山、北東に呪い谷。そしてその狭間を抜けてさらに北にある半島には、魔物が多数住まう森があってのう……」
グレイはそこまで話すとまたピタリと黙り込み、顎の鬚をやや乱暴に数度しごいた。
「それで、なんです?」
「……うむ、忘れた」
「それが嘘であることくらいは分かりますよ」
「小賢しい小娘じゃのう……。こういう時はさらりと流すものじゃ」
「いつもやり込められていますのでたまには」
グレイがすっかり黙り込んで、もう返事が返ってこないのではないかと思うほど時間が経った頃だった。
「昔のう……、その森にはエルフが住んでおったんじゃ」
ぽつりとグレイが呟く。
「エルフですか」
「そうじゃ。それだけだからさっさと寝るんじゃな」
「まだ何かあるでしょう」
「あるとしても小娘なんぞには話さんわ。ほうれ、さっさと寝ろ、しっし」
これ以上は何をどう言っても、グレイが口を割らないような気がした。
王女に向かってあっち行けと、非常に無礼なジェスチャーを続けるグレイに、クルムはため息をついて立ち上がる。
「分かりました、寝ますよ」
背を向けて少し進んでから、クルムは足を止めて口を開く。
「そのうち教えてください。そうですね、私が王になった頃でいいですよ」
「捕らぬ狸の皮算用じゃな」
「なんですかそれ」
「生意気言っとらんで寝ろってことじゃ」
まともに対応する気すらなくなったようだ。
しようがない人だと思いつつ、クルムは今日のところは諦めて大人しく眠ることにするのだった。