リガルドの街へ戻ってくると、グレイは連日〈要塞軍〉に招かれて兵士たちに訓練をつけることになった。
それに合わせてクルムも、リゾルデやアンとの対話を続け、更に一週間。
パクスたちの用事も終わったところで、ついに王都へと帰る運びとなった。
別れのあいさつのために〈要塞軍〉の駐屯地へ向かうと、ラウンドとリゾルデが揃って見送りに出てきてくれる。
「もう帰るのか。あまり構ってもやれず悪かったな」
「いえ、とても有意義な時間でした」
最後まで王女に対してこの態度を貫いたのは、ラウンドである。
細かな調整はリゾルデに任せると言った通り、最後まで訓練ばかりしていてろくにクルムと話すことはなかったが、別に嫌われているわけでないことはクルムも理解している。
訓練終わりには、「おー、今日も来たのか。飯食ってくか!」と、友人でも誘うように声をかけてくれる豪快なラウンドが、クルムも割と好きだった。
「こちらはこちらでできることをしておきます。積極的に王都への働きかけは致しませんが、必要となれば協力は惜しみません」
「ありがとうございます。次も良い知らせを持ってこられるよう頑張ります」
「今回も随分と助かりましたが、そういうことならば楽しみにしておきます」
〈リガルド〉の更なる発展のために、リゾルデとは随分と話し合うことが多かった。冒険者ギルドとの交渉も順調に進んでいるようで、その責任者の一人として、アンはここに残るようだ。
〈サッシャー家〉も、一度は王都へ引き上げてから、拠点を引き払い〈リガルド〉へ移住。最終的には旧アルムガルド領を拠点として活動していくつもりらしい。
今後も護衛を頼むつもりでいたスリップは、そのことを知った時何とかならないか交渉していたようだが、最終的には他の冒険者を紹介してもらうことで諦めたようであった。
さて、駐屯地に別れを告げ、活気のある街の中を抜けて、帰りの馬車を準備していたスリップやパクスたちと合流する。どうやらパクスは十分に魔物素材を仕入れることができたようで、帰りの荷馬車は積み荷でいっぱいになっていた。
この街で雇ったらしい片腕のガントという男も見送りに来ていたらしく、三人で何やらこそこそと話をしていたが、クルムたちが現れるとすぐに解散して出発の準備を始めた。
帰り道もグレイは護衛と一緒に移動するようで、馬車の中ではパクスとパクスの息子であるヒューレ、それにクルムの三人乗りとなっている。ちなみにヴァモスとラーヴァは、さりげなくパクスに誘導されて、今は先頭にいるスリップと同じ馬車に座っている。
「聞いた話によれば〈要塞軍〉ともうまくやって下さったようですね、お陰様で後半は随分と交渉の話が早くまとまるようになりました」
「何かあったのだとすれば、おそらくリゾルデ様が手を回してくださったのでしょう」
「そうなるよう話をもっていったのはあなたの手腕です」
やけに褒めて来るパクスに、クルムは警戒心を抱く。
もともと周りは敵ばかりだと思って育ったクルムだ。おだてに簡単に乗る様な性格はしていない。
真意を探ろうと表情を窺うも、パクスの顔のほとんどは布で覆われており、何とも判別がしがたい。仕方なくちらりと横に座るヒューレを観察してみるが、こちらも教育が行き届いているのか、澄ました顔で何を考えているか読み取ることは難しかった。
「……あれは、先生がたまたまラウンド様と親しい関係であったからこそ巡ってきた機会でした」
「なるほど、先生のお陰ですか。その考え方は素晴らしい。確かにその通りなのでしょうね」
その言葉も仕草も、クルムからはパクスが満足しているように見えた。
しかしクルムは僅かな違和感を覚える。
ヒューレが一瞬目を左右に動かしてから、今まで伏せていた顔を上げて、クルムのことをじっと見つめたのだ。
クルムは急ぎ何を求められているのかを再考する。
先ほどの質問に対する答えは多くない。
答えたように謙虚にグレイに手柄を譲ること。
普通に考えればグレイのことを妙に尊敬しているパクスであれば、これが無難に正解なように思える。
そうじゃないとなると、手柄を誇る必要が出てくるのだが……、と考えてから、ふとクルムはパクスから自分が求められていることを思い出す。
クルムは、王にならなければならないのだ。
これまでは狭い世界で、協力してくれる人たちに感謝の念をもってやってきたが、関わる者が増えて行けば増えていくほど、謙遜しすぎては頼りないと思われてしまう。
人々が自信なさげに背中を丸めている者と、顔を上げて堂々と歩く者のどちらについていきたいかと言えば、多くは後者になるだろう。
となると、とクルムは間をあけずに言葉を続ける。
「とはいえ、今回は機を逃さずにうまくやれたのではないかと。少しばかり交渉にも自信がついてきました。油断せずこのままやっていきたいと思いますので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします」
「……期待しています。私の方もしっかりと支援ができるように、商会規模の拡張に勤めていきましょう」
パクスはほんの一瞬ヒューレを横目で見たが、その時には既にヒューレも元の澄ました顔に戻っていた。
パクスとの馬車の旅は、こんな風に常に何かしらの緊張を強いられる。
グレイと馬鹿話をしている時よりも、王を目指すためには余程学びのありそうな会話である。
できることならグレイと共に外を歩きたい、と思いつつ、クルムはパクスと今後についての話を続けるのであった。