帰り道も順調に日にちを重ね、王都まであと数日となった夜のことだった。
おもむろに立ち上がったグレイが、首を左右に倒し、ぽきりぽきりと音を立てる。
「どうしたんです?」
〈サッシャー家〉の家長はそう声をかけてから、急速に顔をしかめてため息を吐いて立ち上がった。遅れて共に見張りをしていた子供の一人も武器を手に取る。
「……お前は他の子たちを起こしてこい。ゆっくり、交代の時間を伝えるようにだ」
「わかった」
声を潜めて息子に指示を出した家長は、大きく伸びをして、グレイの元へ歩み寄りながら大きな声でしゃべりかける。
「そろそろ交代の時間です。息子たちが来たら私たちも寝ることにしましょう」
「そうじゃのう」
「……敵は何人ほど?」
「はて、十人前後じゃろうなぁ」
周囲に人らしき気配があるのは、グレイに続いて家長も気づいていた。
自身でもその数をなんとなく測っていたが、念のため先に気づいたグレイにも確認、ということだろう。
既に敵と断定しているのは、夜にこっそりと近づいてくるような輩が味方であるはずがないからだ。
「お主らの家族が戻ったら、儂が気を引く。その間守りを十分に残して、攻撃に出られるものは出せ。できるか?」
「やります」
短いやり取りが済んだあたりで、目をこすりながら〈サッシャー家〉の面々が姿を現す。
「もう交代かぁ……」
欠伸をしたり目を擦ったりしているが、半分くらいは演技でなく本音なのだろう。
それでも足運びなどには油断なく、見る人が見れば周囲を警戒していることが分かる。
主に魔物と戦う冒険者と言えども、今回のように護衛を引き受けて、賊と戦うことも経験しているのだろう。なかなか頼りになる冒険者チームである。
「さて、儂は小便してから寝るかのう……。年を取ると近くていかんわい」
「はは、足元にお気をつけて」
そんなことを言いながら、ふらりと茂みの中へと向かっていくグレイ。
それに対応して、焚火周りに起きてきた子供たちが移動し、護衛対象が休んでいる方へ家長たちが移動していく。
グレイはわざと人がいる気配がする方へ、深く深く分け入っていき、「さぁてさぁて」と言いながら太い木の方に向き直る。その後ろに何者かが隠れていることはしっかり把握していた。
グレイは両足を肩幅より少し広く開き、その場から木に向かって腕を引かないショートパンチを放つ。
「さぁて、死ね」
襲撃者が耳を疑ったときには、破裂音がして、自分の上に木が倒れてきていた。
他の木々に絡まってゆっくりと倒れてくるため、押しつぶされるようなことはなかったが、這う這うの体でその場から退避。
退避した目の前には、月明かりに照らされた巨大な爺が待っていた。
襲撃者は地面に座ったまま慌てて剣を振る。
しかしそれは容易く足で踏みつぶされ、地面に縫い留められてしまった。
立ち上がる間際に、ナイフを抜こうとすれば、グレイの拳による鉄槌が手首を砕く。無事な方の手で再チャレンジするも、今度は振り下ろされたアッパーのようにせりあがってきて、破裂音。
両手を使い物にならなくされた襲撃者は、踵を返して逃げ出そうとするが、その先には大木が倒れており、飛び越える間際に捕まってしまった。
「まったく、儂から逃げられると……」
「散! ぐぅ……」
捕まえた襲撃者が一言叫んだところでグレイは言葉を止めた。
直後襲撃者は、手足をばたつかせ、泡を吹き始めたのだ。
どうやら服毒して自殺を図ったらしい。
このやり方はただの賊ではなく、暗殺者である。
即座に生きてるのか死んでいるのかわからない泡を吹いている男の両足を踏み砕き、グレイは他の襲撃者がいそうな場所へと向かう。
即座に意識を奪わねば、情報も聞きだせないということだ。
藪をかき分けて敵を追いかけるが、グレイが追い付いた瞬間に次の襲撃者も泡を吹いて倒れてしまった。撤退という言葉がそのまま、追いつかれたら即座に自殺するように、という意味も込められていたのだろう。
あまりにやり方が徹底していた。
その都度逃げられないように足は砕いてから追いかけるのだが、流石に夜の森の中だけあって、追跡は至難の業。全員がばらばらの方向へ逃げたせいでこれ以上追いかけることは流石のグレイでも難しかった。
仕方なく自殺をした二人の襲撃者を引きずって野営地まで戻ってきたグレイ。
そこで待っていたのは困惑した表情の〈サッシャー家〉の面々であった。
「あ、グレイさん……。戦ってたらこいついきなり泡吹いて死んじゃって……。……そっちもですか」
「こりゃあ暗殺者じゃな。生きてたところで大した情報は出てこんが、まぁ、クルム関係で暗殺を謀られたのじゃろう。陰湿なことじゃ」
グレイは死体をポイっと火の傍に投げ捨てる。
どちらもが逃げられないように足を潰されており、片方にいたっては手首もぶらんとしてどちらも変な方向を向いている。
徹底的な破壊に〈サッシャー家〉の面々はぞっとした。
殺すことならできたとしても、このように的確に相手の戦闘能力を奪うことは、相当な実力差がないと難しい。改めてグレイの強さを思い知らされた形だ。
「ま、クルムとパクスの奴が起きてきたら、集まって確認すれば良かろう。ほれ、お主らももう休め。儂は今夜ここでうつらうつらすることに決めた」
そう言ったグレイは、宣言通りその場にどっかりと座り込んで腕を組んで、切り株に寄りかかって目を閉じた。死体が真横にあることも何ら気にしている様子がない。
「ここで寝るんですか?」
家長が尋ねると、グレイは片目だけ開けて答える。
「戻ってきたら今度は最初に顎の骨を外してやろうと思ってのう」
「それは……、頼もしい」
一線級の冒険者たちから見ても、グレイの神経の太さは尋常なものではなかった。
敵に回したくない相手というのは様々出会ってきた家長であったが、その中でグレイが堂々第一位に輝いた瞬間であった。