転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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いったんステイ

 馬車の中で話し合った結果、加工職人の二人はパクスが用意した場所で安全を確保。今後は全体として警戒を高めていこうという話になっている。

 流石に誕生日後の集まりと、今回の遠征の件で、本格的に動いていることは察せられてしまったのだろうとクルムは考えている。

 

 今のところ最も有力な敵候補であるケルンは、プライドの高い男だ。

 名門と呼ばれる侯爵家の血が入っており、旧貴族派閥に顔が利く。ただしプライドが高いあまりに、旧貴族派閥にとっては扱いづらい王子であることも確かだ。

 簡単に暗殺という手段に出るとも思えないが、ケルンがそうであっても、周りにいる旧い貴族たちまでそうとは限らない。

 

 クルムの認識からすれば、古い貴族家というのは、王都に巣食う魔窟の中でも特別魔物らしい存在だ。泥濘の中で顔も見せずに暗躍し、小さな利益を得ることに終始してきた気味の悪い化け物どもだ。

 

 クルムは一応そんな事情を、街に着くまでに軽くグレイにも共有してしておく。

 しかし段々と付き合いが長くなってきたクルムの見たてによると、今回のグレイはどこか上の空だ。何か気になることがあるらしい。

 妙なことをやらかしそうなので注意が必要である。

 

 なぜ味方であるはずの教育係の行動にまで気を配らねばならないのかと、クルムはひっそりと頭を抱えた。

 

 どうにか門が閉まる前に街へ滑り込むことができた一行は、その場で解散し、それぞれの家へと向かうこととなった。

 すなわち、パクス組とクルム組、それに〈サッシャー家〉に分かれる形だ。

 

「少しお時間よろしいですか?」

「はい、なんでしょうか?」

 

 解散前に〈サッシャー家〉の家長がやってきて、クルムを呼び止める。

 家長はやや顔を寄せて声を潜めて言った。

 

「今回の旅では多くの実りがありました。……しばらくは王都におりますので、何か困ったことがあればお声掛けください。優先して対応できるようにしておきます」

「ご厚意感謝いたします」

 

 わずかな期間であったが今回の旅は〈サッシャー家〉の将来を変えた。

 〈サッシャー家〉はこれまで、どこか王都の空気に馴染めずにやってきたが、〈リガルド〉の空気はそんな〈サッシャー家〉にはぴったりであった。

 浮ついた者の護衛や、どこか汚い部分が見え隠れする欲にまみれた依頼よりも、まっとうに生きるために腕を振るうことができる。

 結局のところ〈サッシャー家〉は元をたどれば狩人の血筋なのだ。

 あの土地の雰囲気が合わないはずがなかった。

 

「では、またいつか」

 

 強行軍したにもかかわらず元気そうに去って行く〈サッシャー家〉を見送り、クルムも魔窟に向けて足を向けて歩き出す。

 ウェスカたちのことが心配だからこそ、これだけ急いで帰ってきたのだ。

 まずは無事を確認して、グレイという戦力の傘の下に保護してしまいたい。

 

「しかし、第六子のう……。あのうだつの上がらなそうな奴が仕掛けてきたか」

 

 グレイはたった一度だけケルンのことを見たことがある。

 クルムに連れられて王宮へ向かったその日にすれ違い、あれこれと文句を言ってきた無礼者だ。身分を考えれば無礼なのはグレイの方なのだが、グレイはもはや身分とかとかけ離れた人生を送っているのでそんなことは関係がない。

 あの当時はまだまだ人生の終わりに悲観していた時期で、やる気もあまりなかったので見逃していたが、思い出したらだんだんと腹が立ってきた。

 

 確かグレイのことを『変な拾い物』扱いしてきたクソガキである。

 グレイとしては、ちょうどいい機会だしやっぱりぶち殺しといたほうがいいんじゃないかと思う所存である。

 

「ケルンお兄様の後ろ盾となっているバッハ侯爵家は、昔から国の裏側に大きな影響力があるらしく、黒い噂の絶えない家です。一時は何らかの理由で力を失っていたようですが、最近ではまた発言権を強めています」

「裏側に黒い噂のう……」

 

 暗殺者や襲撃者の類には慣れているグレイは、そういうやつらがあまり好きじゃない。ところかまわず手段を問わずに襲ってくるし、演技力に長けており、時折懐に潜り込んでこようとしたりもするからだ。

 見かけると関係なくともつい縊り殺したくなる。

 

 足早に王宮へと戻った二人は、長い廊下を抜けて、ようやくクルムに与えられた区画にたどり着いた。入り口の前に立っている兵士二人は、なぜだか以前よりもしっかりとした装いになっている。

 遠くから眺めていると、年上の方の兵士、つまりビアットの父ハサドが、もう一人の兵士に何やら話しかけているようだった。

 若い方の兵士は面倒くさそうにあしらっていたが、しばらく話しかけられるとため息を吐いて背筋を伸ばす。

 

「……ただいま帰りました」

「あ、いえ! おかえりなさいませ」

 

 ハサドがびしっと挨拶をすると、若い方の兵士が数度視線を泳がせてから、ぼそっと「おかえりなさいませ」と続いた。

 どうやら息子が世話になっているハサドが、真面目に働き始め、若い方の兵士の教育までし始めてくれたようだ。クルムの表情は自然と柔らかくなり、一度足を止める。

 

「留守番ありがとうございました。こちら、出かけ先で手に入れたものです。魔物の素材から作られた胸当てです。装備の下に潜ませるだけでも効果があるそうなので、良かったら使ってください」

 

 〈要塞軍〉から融通してもらった品である。

 あちらではありふれたものであるが、王都では魔物素材の流通が限られているため、それなりに値が張る品だ。見えない位置に忍ばせるだけで、胸付近の重要な臓器への攻撃をある程度防いでくれる。

 

「あ、ありがとうございます!」

「俺にもですか……?」

「ええ、お二人ともですが……? 夜に担当してくださっている方にも後でお渡しします。いつもお世話になっていますから」

 

 当然、真面目に働いてもらうために計算して買ってきたものだ。

 一介の兵士である若者からすれば、今までの態度を反省する材料としては十分であった。

 

「それでは、今日からまたよろしくお願いしますね」

 

 ハサドがこれだけ普通に仕事をしているということは、ウェスカやビアットの身には問題がないということだ。

 このやり取りでクルムが得た一番の情報はそれであった。

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