区画内へ入り、ウェスカの執務室をノックすると、間を置かずに扉が開いて、ウェスカとビアット、ついでになぜだかファンファの護衛であるはずの浅黒い肌をしたイケメンマッチョ冒険者、ドーンズが姿を現した。
「お帰りなさいませ」
「はい、ただいま帰りました。この様子だと……こちらも特に異常はなかったようですね」
「……何か、ありましたか?」
クルムの確認の言葉と表情を見て、ウェスカは敏感にクルムの感情を察したようだった。
「ええ、まぁ」
クルムがちらりとドーンズの方へ一瞬視線をやると、ウェスカは頷いてそれに対して説明をする。
「ファンファ様の指示で、こちらの護衛にあたってくれていました。どうも最近、王宮内で妙な動きが見られているようです。お疲れのところ申し訳ありませんが、その辺りも含めて情報を共有したいのですがよろしいですか?」
「もちろんです。そのために最初に声をかけたのですから。私の部屋で話しましょう」
普通の貴人であれば、帰って来たばかりだからまずは体を清めてゆっくり休んで、とするものだろうが、クルムにはそんな余裕はない。
そのままウェスカとビアット、それにドーンズも連れて自室へと向かう。
「それで、妙な動きとは?」
部屋へ入るや否や、グレイが勝手に茶を入れ始めたのを横目に放置して、クルムはさっそく報告を聞くことにした。
「はい。最近ここ、クルム様の区画周りの人通りが増えています。クルム様がお出かけになった後も、ファンファ様が遊びに来られていたので、そのせいかとも思ったのですが……」
「……ファンファお姉様は何をしに?」
クルムがじっとりとした目でドーンズを見ると、ドーンズは目を逸らしながら苦笑して答える。
「おそらく継承者のナイフを探していたのではないかと。流石に勝手に主のいない部屋には入っていませんのでご安心を」
「……ドーンズさんは、妙に素直に私の味方をしてくださいますね」
「ええ、まぁ……。単純に俺やニクスは、ファンファ様のあの雰囲気が好きなんですよ。他の誰の下につくより、クルム様と一緒の方が楽しそうですし、将来の自由も保証されています。何より、俺たちはグレイ先生と敵対する気はありませんよ、怖いですから」
「なんじゃ、人を捕まえて魔物みたいに言いおって」
「いや、全然そんなつもりじゃないっす、ホント」
つい最近魔物をちぎっては投げしている姿を見たクルムからすると、ドーンズたちがグレイを恐れている理由は前よりもはっきりとわかる。躊躇のない殺戮風景を見てクルムが理解したことの一つに、グレイが人相手にはあれでも手加減をしているということであった。
正面から殺意を浴びたら二度と戦いたくなくなるというものだ。
そこでふとクルムは、グレイに敗れた後もリベンジを狙うような動きを見せているスカベラのことを思い出し、あれは相当特殊な例だったのだなと考える。
今となってはあの男が自由に王都をうろついているだろうことは、不安要素の一つだ。
「それに、ファンファ様と一緒に歩いている時に、わざわざケルン様がやってきて忠告をしてきたんです。……あまり気分の良い言葉ではないので、この場では控えますが」
「構いません、教えてください」
気遣いもできるいい男、ドーンズだったが、クルムはそんなことよりも起こったこと全てを正確に知りたい。
「……『卑しい血が流れている者同士手を組んだか。大人しくしていればいいものを』と。他にもいくつか、『お前たちが先に仕掛けてきた』とか、心当たりのないことまで言われまして……。いつもよりも随分としつこかったですね」
ビアットはその『先に仕掛けてきた』件に心当たりがないようで、真面目な顔をして聞いていたが、グレイは一瞬動きを止めてから『どうしたもんか』と考えつつ、ゆらゆらとティーポットを揺らす。
「なるほど、やはりケルンお兄様ですか……」
「それを受けて、ファンファ様は俺とニクスを交互にこちらに派遣。クルム様が留守であるにもかかわらず、ここへ遊びにくる頻度を上げています。……一応控えるようには進言したのですが……」
「私もそれについては幾度か控えるようお願いしたのですが……」
この話をしている時のドーンズはまた気まずそうだ。
ついでにウェスカまで申し訳なさそうに眉を下げる。
「そのせいで、私の方がファンファお姉様の軍門に下ったかのように見られている、ということですね」
ドーンズに言っても仕方がないとは思いつつ、クルムはファンファの行動によって起こっているであろう現状の確認をする。
「申し訳ありません」
「……いえ、結構です。ウェスカも気にしないでください、問題ありませんので」
今まではファンファも、何か嫌みを言われても『やな感じ』くらいに思って受け流してきたのだろう。ケルンはクルムにもすれ違いざまに嫌みを言ってくる男であるから、ファンファにだって余計なことを言っていた可能性は高い。
ただ、状況が変わってファンファは危機感を覚えたのだろう。
それゆえ、ファンファはきっちりとクルム勢力と連携が取れていると周囲に見せつけるために、あえてここに足しげく通っていた可能性もある。
まぁ、仮にそんな考えは持っておらず、単純においていくわけもない継承者のナイフの場所を探しに来ていたのだとしても、ファンファの方が王位継承者争いの矢面に立ってくれるというのなら、それも一つのあり方だ。
本命がどちらかわからない方が、相手方も動きにくい。
とはいえすでに、クルム宛に暗殺者は送られてきている。
ファンファともその情報は共有し、今まで以上に警戒を続けなければならないことには違いなかった。