転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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ホープとクリネア

「なぁにをしておるんじゃ、お主ら……」

「わっ、お化け!」

 

 グレイが声をかけると、女の方が軽くぴょんと跳ねてから、扉にべたりと張り付いた。

 

「さっき縁起でもないとか言ってたけどさー、クリネアこそさっきからせんせーが死んでる前提で話してるじゃんかー」

 

 男の方がマイペースに女の方へ文句を言ってから、振り返ってグレイの姿を確認して、何度か瞬きして続ける。

 

「なんかせんせー……、若返りました?」

「そんなわけあるか。なんじゃ、ついに仕事を首になったか」

「いやぁ……、ついに手紙まで返ってこなくなったってホープが騒ぐから……。てっきり死んじゃったのかなって」

 

 えへ、と小首をかしげて笑うが、一応長年世話してきたグレイには、このクリネアという女性が全く反省していないことはお見通しだ。

 

「クリネア……、お主は本当に昔っから失礼じゃのう……」

 

 ホープとクリネアは、グレイがこの家で教えた最後の二人の教え子だ。

 まだ二十歳になったところで、二人とも役人として働いているはずである。

 どちらも非常に賢く、能力は高いのだが、その分人を馬鹿にしているような部分があり、幾度か本気で叱ったこともある。

 そんな二人だが、直近で独り立ちしたこともあって、未だに時折グレイに失礼な手紙を送り続けてきていたのだ。

 例えば、『先生ももう爺なので、そろそろ一人では寂しいかと思います。我が家で養ってあげるので早く荷物をまとめて来てください』みたいな内容だ。慕っているのは分かるから、グレイとて本気で腹は立てないのだが、人によっては激高してもおかしくない。

 ちなみにこの二人は結婚しており、グレイを家に招こうとしているのも割と本気のようであった。

 

「それにしてもせんせー、どこ行ってたんです? なんかしばらくこの家には住んでなさそうですけどー……」

「まぁ、色々あってのう」

 

 ホープは丁寧語と間延びした喋り方で問いかけて来る。

 一見落ち着いて優しそうな雰囲気だが、クリネアよりは多少外面を取り繕うことができるだけで、このホープも中身はそう変わらない。

 

「あー、先生、うちに来るって話だったじゃないですか。もしかして浮気ですか?」

「全部断っておろうが。ほれ、帰れ。役人がこんな治安の悪いところにきてどうするんじゃ、まったく」

「せんせーも一緒に帰りましょうよー。ここ住むのやめたならもういいでしょー?」

 

 流石に教え子にこの国の罪人であったことは伝えていない。

 クルムは他人だったし、それほど関わるつもりがなかったからともかく、小さな頃から育ててきた教え子の仕事の妨げになるようなことはしたくない。

 

「駄目じゃ」

「じゃ、どこに住んでいるかだけ教えて? 忙しい仕事の合間を縫って、こうして会いに来たんだからさ。せめて手紙くらい送らせてよ。急に返事無くなったら心配する」

 

 さっきまで人を死んだもの扱いしていたくせに、クリネアが急にしおらしいことを言って目を潤ませてきた。グレイは数秒間だけ黙ってから、無言のまま、その額に目にもとまらぬ速さでデコピンを繰り出した。

 グレイにしては非常に優しいデコピンであった。

 それでも弾かれた額が赤くなる程の威力はあったけれど

 

「ひ、ひどい!」

「嘘泣きじゃろ」

「半分本気だもん!!」

「嘘じゃな」

「ホントホント!」

 

 もう一度グレイがデコピンの構えをしたところで、クリネアはホープを盾にするために後ろへ回り込もうとして、なぜか羽交い絞めにされた。

 

「ホープ! 裏切り者!」

「だって庇ったら俺がせんせーにでこぴんされるしー……」

「先生! 本当は三割! 三割くらい心配してたってば! どうせ死なないだろうと思ってたけど、一応心配してた!」

「嘘をつくなと昔から言うておるじゃろうが」

「ぎゃー、先生に殺されるぅ!」

 

 なんだなんだと周囲にいたものたちが顔を覗かせるが、そこにいるのが久々に現れた暴力爺であることを察した瞬間、即座に撤退していく。関わるにはあまりにもリスクが高すぎた。

 ばし、っとデコピンの音が響くと、この世の終わりのような大げさな悲鳴が響く。

 いくら騒いでもどうせ助けが来ないことをよくわかっているからこその大騒ぎだった。この辺には騎士も滅多なことではやってこない。

 

「本当に一割くらいは心配してたのに……、全然元気だし……、何回誘ってもうちに来てくれないし……」

 

 さっきとは別の位置に赤い跡を作られたクリネアは、ホープから解放されて額を押さえてぐちぐちと文句を言う。

 

「まったく、変わらんのう、お主らは」

「クリネアじゃないですけどー……、本当にどこに引っ越したんですか? なんか王宮でせんせーらしき人の噂、流れてますけど」

 

 そこまでばれているのなら、そのうち王宮でばったりと遭遇してしまってもおかしくない。秘密にしておくほうが良くないかと思い、グレイはため息を吐いてある程度情報を漏らしてやることにした。

 

「確かに最近は王宮に顔を出すこともあるが、見かけても声をかけるでないぞ。お主ら役人なんじゃから、ようわからんこんなところに住んでいた老人に関わっても良いことなどない。ほれ、帰れ帰れ」

「あ、ちょっと、歩くって、歩くってば! 子供じゃないんだから!」

 

 グレイがクリネアの襟首をつかんで持ち上げると、ワーワーと騒ぎ出す。

 ホープはちらりとそれを横目で見て、ふっと小さく笑った。

 やはり良い性格をしている。

 

「大通りまでは送ってやるから、二度とこんなところには来るでないぞ。儂もおらん」

「はーい、わかりましたー。もうここに用はないのできませーん」

「うむ、そうせい」

 

 素直に返事したかに思われたホープ。

 クリネアが騒ぐのを相手していたグレイは、その顔が何かを企んでほくそ笑んでいることには気づいていなかった。

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