転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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役人

「先生はさ、どこ行ったらいるの」

「おらん。ちょっと最近は忙しくしていてのう。それがなければどうせ田舎に引っ込むつもりだったんじゃ」

「ふーん、田舎に引っ込みそうな顔じゃないもんね。私たちが仕事決まった時より元気そうだし。何か楽しいことしてる?」

「そうじゃなぁ……、まぁ、退屈はしておらんのう」

 

 最近の日々を思い出すと、街の端に引っ込んでいた時期よりは毎日に用事がある。

 王宮も貴族も王族も嫌いだが、忙しい日々を送っていると、段々と鈍っていた体や心が若返ってくる気がするし、何より生きている感じがする。

 多分長らく、有り余る体力を年齢を理由に無理やりに抑え込んでいたせいで、グレイの気持ちは落ち込んでいたのだ。人間元気に体を動かして、怒ったり笑ったりしていれば案外元気なものだ。

 

 それだけで体が全盛期に近付いていくのは、単純にグレイがおかしいだけだが、本人はそれで納得している。

 

 そういやクルムに外に出る時は人を殺さないように気をつけろ、みたいなこと言われていたな、とか思い出しているうちに、大通りへたどり着いた。

 

「あーあ、先生は私たちの誘いは受けないくせに楽しく暮らしてるんだ」

「心配して家まで見に行ったんですけどねー」

「ね、酷いよね」

「役人で忙しいのだから、儂のことなどもう放っておけ。あと、こんな治安の悪いところにはもう来ない。わかったな?」

「先生が住んでる場所教えてくれないと、また来ちゃう……」

「クリネア、だめだよー。はい、僕たちもうここにはもう来ませーん」

 

 ホープが無理やりクリネアの口を押さえて言葉を遮り、空いた手を軽く上げて約束をする。

 流石に物分かりが良すぎて何かがおかしいとなったグレイだったが、ホープは昔からこそこそと悪戯をする少年だった。クリネアの方が行動が早いが、立案者はホープであったことも多い。

 当時はクリネアを叱るとあっさりとそれを白状したので、ホープも一緒に、ということが多かったのだが、大人になったからなのか何を考えているかが分かりにくい。

 

「……ホープよ、何を企んでおる」

「なにもー」

 

 ふるふると首を横に振るホープ。

 優しそうな可愛らしい顔をした青年だが、見た目にそぐわず本当にろくなことをしないのだ。その上叱られた時もクリネアのように騒いだりはせず、『ばれちゃったー』などと言って笑っているだけだから、本当に反省していたかどうかも怪しい。

 

 毎度手口が巧妙化していっていたので、おそらくそういった意味では反省していたのだろうが。おそらくクリネアが一緒におらず、グレイと出逢っていなかったとしても、うまいこと裏世界を生き抜いて大成したタイプの男である。

 

 じっと見つめても表情の変化はなく、何か企んでいるようにも見えるし、ただ笑っているようにも見える。

 

「さて、儂はまだ用事があるから戻る。ほれ、帰れ帰れ、お主ら新婚なんじゃろう」

「まあね、でもさ、二人とも王宮でそういう声かけられないように籍を入れただけだし」

「うん、案外もてるんですよねー、クリネア」

「案外って何。あとホープも」

「お主ら外面は割と良いからなぁ……。二人一緒にいるなら儂も心配しとらん、ではな」

 

 くるりと回れ右したグレイ。

 

「先生、長生きしてね!」

 

 背中にクリネアの声が飛んできたが、グレイは振り返らずに、そのまま元来た道を戻って角を曲がり姿を隠した。

 別にこっちには用がないので、しばらくしたら王宮へ戻るつもりだ。

 それにしてもまさかあの二人がやってきているとは思いもよらなかったグレイである。気の向くままにやってきたが、もしかすると何か勘でも働いたのかもしれない。

 

 十分にその場で時間を潰して、ついでに襲ってきた悪人も一人その場に潰して、更に街でもプラプラと歩いてから王宮へ向かう。随分と無駄な行動をしてみたが、クルムの言うような罠のようなものには遭遇しなかった。

 今日は皆再起可能な程度にしか攻撃しなかったというのに、こんなことならばもう何本か骨を折ってやればよかったと思う。

 

 いつもの姿のままふらりと王宮へ入ろうとしたが、王宮内に二人の正装した人物が立っていることに気が付いた。

 そこにいたのは先ほどまで話をしていた二人、ホープとクリネアである。

 ホープの方はいつもと変わらずうっすらと微笑んでいるが、クリネアの方は口を閉じて静かに体の前で手を組んで待っている。

 

 この様子から見るに、クリネアはともかく、少なくともホープは既に、グレイが王宮に暮らしていることを知っていたのだろう。不機嫌そうな様子が少しばかり見えているクリネアは、グレイと別れてからそのことを知らされた可能性が高い。

 

 何を企んでいるかと思えば、こういうことだったのだろう。

 グレイが諦めて歩み寄ると、表情を変えずにホープが口を開く。

 

「……グレイ様、大臣がお呼びです。ご同行願えませんか?」

「どういうつもりじゃ」

「言葉の通りです。どうか暴れたりすることなきようお願いいたします」

「目的は」

「ここではお話しできません」

「言え」

「言えません」

「……その大臣ってのはどこのどいつじゃ」

 

 ホープはにっこりと微笑みを深めるだけだった。

 

「後に続いてください」

 

 そうしてホープが勝手に歩き出すと、グレイの背中にクリネアがぴたりと続く。

 目だけを動かして周囲の観察をすると、その場にいる人々はこそこそとうわさ話をしている。

 グレイが知らないだけで、この二人はそれなりに名を知られているのだろう。

 

「先生、一緒に来てね。じゃないと大きな声で先生に普通に話しかけるよ」

 

 後ろから聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声が聞こえてきた。

 そんなことをすれば困るのは澄ました顔をしているクリネアだろう。

 

 グレイは仕方なくホープの背中を見ながら歩きだす。

 長い王宮の道を抜け、誰もいなくなったように見えても、ホープとクリネアは無言で歩き続け、随分と奥まったところまでやってきたところで、ようやく歩みを止めた。

 そこには大きく立派な扉があるが、だれがどんな用途で使っている部屋かまではわからない。ただし、王宮に設けられた、王族の区画からは随分と離れており、やや暗く、陰気な雰囲気が漂っている場所だった。

 ホープがノックして「入ります」と宣言して扉を開ける。

 

「どうぞ、せーんせ」

 

 そこでようやくいつもの調子に戻ったホープが、小声でグレイに話しかける。

 

「後でお仕置きじゃな」

「それは話を聞いてからにしてよね」

 

 グレイの小声に反応したのはクリネアの方だった。

 それには答えずに部屋に足を踏み入れると、そこにいた小柄なシルエットが立ち上がった。片手には杖を持っている。

 口をへの字に曲げて、眉間には皺。

 顔にはいくつか深い傷跡が残っており、右目に眼帯をつけている。

 背筋が少しばかり曲がっているが、その老人の眼光は鷹のように鋭くグレイのことを睨みつけていた。

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