グレイは昔の記憶を掘り返しながら、対面の老人に心当たりがないか考えていた。
鋭い眼光に傷跡、そして眼帯。
特徴的な見た目が目を引くが、どうにもグレイの記憶には引っかからない。
連れてこられたこの場所は、王宮の中心部からは離れており、人の気配もほとんどなかった。場合によっては裏世界の関係者ではないかとも考えられるが、ホープとクリネアはきちんとした格好をしているし、役人の仕事についていると聞いた。
二人の話を信じるのならば、この老人は『大臣』であるはずだが、果たして、と言ったところだ。
現状のグレイと接触しようなんて相当に酔狂な話だ。
『大臣』は王国内にも役割別に数人が存在するが、誰もが王国の重鎮であるはずだ。
そんな重鎮が、たかがクルム勢力の教育係を呼び出すとも思えない。
とはいえ、わざわざホープとクリネアを育てた人物を確認するために呼ぶ意味もない。
はて、とグレイが考え込んでいると、老人がつかつかと歩み寄ってきて、まじまじとグレイを見つめた。
「なんじゃ」
手を出してくる様子はないが、やたらと長いことグレイの顔を観察した末に、目を何度も擦って確認する老人。
「……お前、いつ帰ってきた」
「何の話かさっぱりわからん」
本当に何の話か受け取り難い質問であったし、この大臣が何の意図をもって自分を呼び出したのか、グレイにはまだ分かっていなかった。
グレイの過去を知っており、最近王宮にいることを察したこの大臣が、その事実を確認するためにホープとクリネアを利用したのであれば、それはあまり良くない兆候だ。
グレイが避けたいと思っていた、教え子たちの生活に影響が出る展開である。
適当に誤魔化してホープとクリネアに忠告できれば良いのだが、そのためにはまずこの場所を切り抜ける必要がある。
「何をしらばっくれてる、お前、グレイだろ」
「さぁ、儂の名はホワイトじゃ」
適当な偽名を名乗ることで、グレイという名が知られることが、二人にとって不利益だというメッセージを発したつもりだ。
まぁ、かなり苦しいところだが。
「この二人のことを育てたとか? ということは随分と前から王都にいたのだろう」
「はて? 儂は連れてこられただけで、この二人のこともよく知らんがのう」
老人はものすごい形相でグレイを睨みつけた後、顎に手を当て、ややあってから上目遣いでグレイに問いかける。
「……グレイ、お前もしかして俺が誰だかわかってないな?」
「大臣と聞いておるが……」
「このボケ爺が……! バミだ! バミ=レックスだ! 王都に帰って来たならなぜ訪ねてこない!」
グレイは杖を捨て、よろけながらも胸ぐらをつかんできた顔を見て、何度か瞬きをする。名前には確かに聞き覚えがあるが、グレイの知っているバミは同い年の癖に紅顔の美少年、という言葉がふさわしい美形だった。
腕っぷしはないが、とにかく頭と口の良く回る男で、かつてのグレイの友人の一人である。
「…………噓つけぇ、こんなしわくちゃの糞爺がバミなわけあるか、ぶっ殺すぞ」
雰囲気を思い出して半分くらいは信じたが、半分は疑っているグレイは、昔の友人の名を騙っているのではないかと、胸ぐらをつかんで持ち上げる。
お互いに相手の胸ぐらをつかんではいるが、グレイの方は片手で、しかもバミを名乗る老人は床から足が浮いてしまっていた。
「この……っ、なんでも、暴力で解決しようとするところは、変わらないな! 俺は、お前の教え子の、上司だぞ! 死んだらナックスと一緒に、化けて出てやるからな、くそ石頭が!」
グレイはそっと咳き込む老人を地面に下ろすと、首をひねって考える。
なんだか聞き覚えのある暴言に、かつての友人の名前まで飛び出してきて、八割くらいこれが本物であると信じ始めていた。
「しかしお主……、唯一のとりえであった顔がそんなしわくちゃになって……」
「何度言わせるんだてめぇは! 俺の自慢はこの頭だ! 顔じゃねぇ」
「おお、本物じゃな」
「どういう確かめ方だよ……、くそ……」
グレイは、床に座り込んでいたバミが、杖を持ってゆっくり立ち上がるのに手を貸してやろうとするが、それはバシッとはらわれた。
「はぁ……、爺に余計な体力遣わせやがって……」
「どうぞ」
ホープが椅子を運んでくると、バミはそれに手を突きながらどさりと腰を下ろす。
あまり健康な体ではないようだ。
「とにかく、グレイなんだな」
「うむ、お前がバミだというのならば、儂はグレイなんじゃろうな」
「めんどくせぇ言い回しすんな」
肘掛けを殴って威嚇したバミであったが、すぐに背もたれに寄りかかって数度深呼吸をする。
「すっかり爺じゃのう」
「……お前もな」
「儂は元気じゃが?」
「死ね」
「どう見たってお前の方が先に死ぬじゃろ」
「うるせぇ、死ね」
くだらない言い争いをしながら息を整えたバミは、深く息を吐いてからグレイを見上げる。
「久しぶりだな、グレイ、この野郎。どこに雲隠れしていた」
「もう二十年以上王都に住んでいるがのう」
「はぁ? お前冒険者してただろ! もしかして追放期間過ぎてすぐ帰ってきやがったのか!」
「そうじゃが?」
「頭おかしいんじゃねぇの、暗殺者あれだけ送られた国に普通に帰ってくるとか、あ、そういや頭おかしかったんだ、こいつ……」
「ぶっ殺すぞ」
「うるさい黙れ、色々話すことがあるから後にしてくれ。あーあ、まったく……」
ずっと怒っていたはずのバミは額と目を覆って急に口角を上げて言った。
「まさか死ぬ前に再会できるとはな」