バミは鼻を一度啜ってから「あー……」と言って姿勢を正した。
数十年ぶりの再会は、なかなかどうして心を動かしたらしい。
「半信半疑だったんだぜ、俺は。まさか国外追放された馬鹿が、のこのこと王宮に帰ってきてるとは思わないだろ」
「ま、この年になると怖いものもないしのう。そもそも儂の国外追放は三十年じゃった。それを過ぎれば知ったことじゃないわ」
「普通人はな、三十年も追放されてた国にゃ帰ってこねぇんだよ。ったく……、最初こいつらからグレイっていう背の高い爺にものを教わったって聞いたとき、まさかとは思ったんだがな」
「ほう、言わぬよう口止めしておいたんじゃがな」
「えへ?」
「ごめんなさーい」
じろりと二人の教え子を見ると、クリネアが可愛らしく小首をかしげ、ホープが素直に謝った。
「ま、聞いて分かったじゃろう。儂の過去に問題があるから、知り合いであると告げるなと言っただけじゃ。方々でばらすでないぞ」
「まぁ、そう責めるな。こいつらもな、ずっと長いこと答えなかったんだ。最近お前、王宮内で暴れてるだろ。その噂を聞いて調べるようこいつらに頼んだ後、相談されてな」
「相談? そもそもお主なんで大臣なんかやっとるんじゃ。確か田舎の子爵家出身じゃろうが」
大臣ともなると、名門の者が歴任していることが多いので、バミがそれを務めているとなると大出世だ。
「今じゃ俺も伯爵様だ。窮屈ったらありゃしねぇよ。それもこれもな、元をただせば全部お前のせいなんだぜ。お前、国を出た時のこと覚えてるか?」
「……昔のことすぎて覚えとらんのう」
「ちっ、すっとぼけやがって。あの時俺は、お前に邪魔したら殺すって言われながら、お前のことを止めた。お前がすっかりやる気がなくなって牢屋に入ってる間、お前を殺したがっていた馬鹿共を脅したりすかしたりしながら、国外追放三十年にしたのも俺だ。俺はな、ナックスの件でお前が殺しまくった司法関係の空席を埋めて、ずーっといっそがしく働いてきたんだよ。まー、王子にへたな罪を擦り付けたら、頭のおかしい奴が皆殺しに来るって噂になっちまったから誰もなりたがらねぇ。しまいにゃこんな王宮の端で細々と少人数の部署になっちまったんだ。大臣っつっても大した権力もねぇ、爵位だってお飾りだ」
流石に長年大臣をやっていただけあって、喋れば喋る程バミの威圧感は増していく。グレイは平然とそれを受け止めていたが、一区切りついたところで口を開いた。
「そりゃあ大変じゃったのう」
「他人事だなぁお前は。……ま、お前らしい」
散々詰め寄るように話したくせに、バミはグレイの反応に怒っている様子はなかった。鼻を鳴らして笑ってさらに続ける。
「ま、お陰様で給料はいいし、仕事さえ終わらせれば悠々自適だった。あれがきっかけで、田舎に引っ込む必要もなくなって、大物になってやるって夢も一応はかなえられた。まぁ、あれがなきゃあ、今頃王宮の裏の支配者になってたかもしれないけどな」
「そうなっておったら寿命が来る前に儂がしっかり殺してやったものを……」
「はは、お前の貴族嫌いもその年まで貫き通せば筋金入りだな」
「好きになる要素がどこにある。大臣なんかになりおってからに」
グレイが減らず口を叩くと、バミの目つきがまた鋭くなった。
「お前こそ、クルム王女殿下の教育係をやっているらしいな。どんな風の吹き回しだ。そのせいでお前がグレイ本人だと見抜けなかった」
「成り行き」
「ま、そんなところか」
バミは、ホープとクリネアの話を聞いたときも、なるほど、あり得ると納得してしまったくらいには、グレイが子供に優しいことは知っている。
「クルム王女周りに教え子の誰かでもいたのか?」
「いや、おらん。あれが王都の端の治安の悪い場所に、共を一人だけ連れてやってきた」
「そりゃあ、お前が好きそうな話だ」
「いや? 全然そんなことないが?」
「そのあまのじゃくなの変わらねぇなぁ」
あきれ顔のバミをグレイは腕を組んで見下ろす。
「で、何用で呼びつけたんじゃ。儂を呼ぶ以上何かよっぽど大事な用があるんじゃろうな?」
「何で偉そうなんだよお前は。言っただろ、お前が街で悪人をぼっこぼこにしたって分かったから、それを追求するかどうか考えてたんだよ。お前を騙る奴だったら牢にでもぶち込んでやろうかと思ったが、本人ならぶち込むだけ無駄だからどうでもいい」
「大臣ならちゃんとせんかい」
「どの口が言ってる? お前の相手したくねぇから皆この仕事につかなくなったってさっき教えたよな?」
「で、それだけか?」
ついに床にどっかりと胡坐をかいたグレイが、頬杖を突きながら更に尋ねる。
「いや、言いたいことは山ほどある。頼みごともな」
「ようし、昔のよしみじゃ。条件によっては聞いてやらんでもないぞ」
「ようし、それならまず聞け。お前、俺が送った使いの奴を毎回ボコボコにして追い返したのはどういう了見だこの野郎」
「は? 知るかそんなもの。記憶にない」
「ざけんな、こっちは十度も使いを出したんだぞ。しまいにゃ誰も行きたがらなくなったっつーんだよ。どうして話くらい聞けねぇ」
「はぁ?」
本気で記憶にない話をされたグレイは、頬杖をついていた頭を更に傾けて、心当たりを探り始めた。