「だから、お前がボコボコにして追い返した奴の話してんだよ。心当たりねぇのか?」
グレイは随分と考えた後に、一つだけ思い当たる節があってそれを伝えてみる。
「…………あーぁ、結構経ってから来た奴らか? 久しぶりに暗殺者でもやって来たかと思えば、妙に殺意はないし、ボコボコにしたら『待ってください』とか『話を聞いてください』とか言い出すから、どんな軟弱ものかと思っておったわい。あれ、お前のとこの奴か?」
「待ってくださいって言ってきた奴をどうしたんだよ」
「昏倒させて裏路地に放置した」
「やってんじゃねぇか、馬鹿爺が!」
「当時はまだ三十代だったわ!」
二人のやり取りを聞いてホープは笑いを我慢できずに、「ふふっ、ふっ」とずっと微妙な顔をしているが、クリネアの方は「うわぁ、先生って乱暴……」とドン引きしている。
やはりホープの方がやや性質は悪いか。
「お前のせいで優秀なの何人か辞めてんだよ。責任取れ馬鹿が」
「こそこそ付きまとうのが悪い。手紙でも入れとけばいいじゃろうが」
「そんなもんな、途中で見つかったら証拠になるだろうが! 口頭で伝えなきゃならねぇ話だったんだよ! お前をどうやって国に戻すかって相談だったんだからな!」
「最初に言わんか、そんなこと」
「言う間もなくしばきまわしたのはお前だろうが! あー、お前と話してると疲れる。……少しでも悪いと思ったなら頼みごとの一つくらい聞け」
グレイは考えるように長く伸ばした顎鬚をなでてから、にっかりと笑った。
「ちょびっとも悪いとは思っとらんな」
「……そうか、俺は今、お前と再会したのを後悔し始めたとこだ」
「まぁ、しかし、一応頼み事とやらは聞いてやろう」
「偉そうに……!」
グレイとバミの関係は昔からこんなものだった。
最初は、生意気で人から目をつけられやすいバミが呼び出されたのを、グレイが助けたのがきっかけだった。
その時にボコボコにされながらも相手に歯向かい続け、助けたグレイにまで噛みついて、『憐れんでんじゃねぇ、借りは返す』と言って、ふらふらと立ち去ったのが、このバミという男だった。
それからグレイの尻拭いをしたり助けられたりしながら、持ちつ持たれつやってきたのがバミだ。グレイは久々の打てば響くような怒声を浴びて、表情通り内心でも結構楽しんでいた。
ここまで言い合いをして、ふとグレイは一つ思い至ったことをさりげなくバミに告げる。
「クルムはのう、どちらかというとナックスより、お主に似ているかもしれんのう」
「…………そりゃあ、大したじゃじゃ馬だな」
グレイからすればさり気ない一言であったが、バミには『だから気に入っている』という本人が意識していないような内心まで見えてしまう。そうなるとどうしたって、これ以上ごちゃごちゃとうるさいことを言う気にはならなかった。
いつも途中で諦めて手を貸してしまっていたのも、グレイがどこかで自分のことを気に入っているというのが、なんとなくわかっていたからこそだ。
そして、だからこそあの緊迫した場面でも、グレイが自分の言葉で皆殺しを思いとどまってくれたのだと、バミは信じている。
バミはグレイのその言葉に報いたかった。
何とかして国内に戻して、自分の下でもいいから密かに仕事をさせ、三十年の年季が明けた頃には、堂々と王宮に戻ってその文字通りの太い腕を存分に振るってもらうつもりでいた。
しかし今となってはもう遅い。
あと二十年早ければ、一緒に王宮内を引っ掻き回すことができたかもしれない。
グレイはともかく、バミの体は日に日に弱っており、命の刻限が近づいてきていることは明らかであった。
「……俺はこんなだから、大臣やってるけど敵も多い。お前という存在がいたから、俺は大臣って職に就いていられたが、そろそろ限界だ。大体の身内は、もうここから離して、信頼できる仕事場を紹介してやった。あとはこいつら二人の行く先を決めるだけ。どうしたもんかと考えていたら、なんか怪しくてでかい爺が、グレイとかって名前で暴れてるって言うじゃねぇか」
バミにとってそれは寝耳に水の話であった。
まさかと思うが、無茶苦茶ばかりするグレイであればありえない話ではない。
ただ、あれだけの王侯貴族嫌いが王宮に戻ってきていることも矛盾しているし、騙りだと疑うのも無理はなかった。
自分の足で調査ができない以上、部下に頼むしかない。
そうして今日のホープとクリネアのお宅訪問にいたったというわけである。
「俺の頼みごとは一つだ。俺が大臣職を辞職したあと、こいつらを気にしてくれってことだけだ」
「なんじゃ、そんなのお前に言われるまでもないわ。頼みごとのうちにも入らんな。何かもっと他にないのか」
「そうだな……」
バミはグレイの返答を聞いてから、グレイを馬鹿にするような顔で笑った。
「お前は自分の過去の罪を気にしているらしいがな、そりゃあもう三十年の追放で完全に清算したんだぜ。教え子の心配なんて言ってこそこそしてんのはお前らしくねぇ。長年隠れ住んでたせいで肝まで小さくなったのか?」
「なんじゃと?」
「もっと好きなように暴れろよ。俺は言ってなかったけどな、お前が暴れてるのを見るのが結構好きだったんだよ。折角体が元気だってんなら、俺の余生の楽しみとして、もうひと暴れしてみろよな」
「……まったく、年くってますます生意気になりよって、ほっほ」
「同い年だ、馬鹿野郎、ひひ」
爺二人は見つめ合って罵り合いながら、楽しそうに声を出して笑っていた。