どちらも馬鹿みたいに悪口を言い合って笑っているだけなのに、何か悪だくみしているように見えるのは、見た目が年老いたせいだろうか。
二人はひとしきり笑い終えたところで、また真面目な話を始める。
「実際お主、いつ大臣止めるんじゃ」
「めどがついたら何時だってやめてやる。見ての通り体ががたがたでな」
「ふむ、言われてみれば随分とあちこち悪くしているようじゃ。病気は知らんが怪我の多い……。……待てよお主、大臣ってことは金持っとるじゃろ?」
「ああ、そりゃあそれなりにな」
「ではなぜ、スペルティアの治癒魔法にかからん」
バミは面倒くさそうに顔を背けてから、そのまま問い返す。
「お前、スペルティアにはもう会ったのか?」
「うむ、怪我した奴がおってな」
「そうか、で、お前が教育係している王女だが……」
「先に質問に答えろ。その調子じゃ見えるところの怪我だけじゃなかろう」
さっさと話題を変えようとしたバミだったが、グレイもそれに乗ってやるほど性格が良くない。気になったことをそのまま放置するつもりはなかった。
「…………会いになど行けるか。お前と違って俺は無神経じゃねぇんだ」
「わけがわからん」
「俺たちは約束を破ってんだぞ。それで怪我したから治してくれなんておめおめと顔を出すのか? はん、俺には無理だな」
「そういやお主、あの婆に見惚れてたものな」
バミが座ったまま杖を振り回してグレイを殴りつけようとしたが、それはあっさりと受け止められた。
「俺はお前のそういうところが嫌いなんだよ! そういう話してねぇだろうが」
「儂もお主のそういう無駄なプライドの高さは嫌いじゃがな。まったく、怪我もそれだけ時間が経ってしまってはもう治るまい」
「……いいんだよ、これで。随分と長く生きた。お前が帰ってきて肩の荷が下りた気分だ」
しんみりとした空気になったところで、グレイは眉間にしわを寄せて盛大にため息を吐いた。
「爺臭いのう」
「爺なんだよ。で、クルム王女はどうなんだ。お前が本気で暴れりゃあ玉座に付けることくらいできるんじゃねぇのか?」
バミの探るような視線でグレイを見つめる。
これまで王国の法の番人をしてきたバミとしては、実際グレイが今後どうしていくのかが気になっていた。
「まあ、そうかもしれん。じゃがのう、王となるのはクルムの目的であって、儂の目的ではない。手を貸してやるくらいは良いが、暴れたって仕方がなかろう」
「へぇ、意外なことを言うじゃねぇか。どんな風の吹き回しだ」
「正直な、儂はもう王位継承争いなんてどーでもいいんじゃ。じゃが、長くともあと三十年もしたら死ぬ儂が、クルムを力ずくで王にしたとして、その後はどうなる。あの子供の運命を無理やり捻じ曲げて、悲惨な結末をたどらせるのか? 儂はな、クルムが自ら道を切り開くのを見守っておるんじゃ。駄目ならその時は、引っさらって国外でのんびり暮らさせるつもりじゃ。それが、曲がりなりにも教育係を受けてしまった儂の責任じゃろう」
ずっとわんぱくな子供のままみたいなことばかりやっている癖に、想像以上に考えていることは大人であったことに、バミは驚きを隠せなかった。
大人になるまでグレイにしっかり育てられたホープとクリネアが、左右でうんうんと頷いている。この反応の違いは、グレイが教え子の成長に関しては、いつだって真剣に向き合ってきたからこそだろう。
いつまでも子供のようでいて、案外グレイにも変化はあったということである。
「…………おまえ、あと三十年も生きるつもりかよ」
「先生ならそれくらいいけそう」
「うん、なんか普通に生きてそーですよね」
長い沈黙の後、バミはグレイの本心には触れなかった。
それがグレイにとっての割と真面目で柔らかい部分であり、下手に突っ込みを入れると嫌がるだろうと判断したからだ。
「ま、引退した俺でも役に立てそうなことがあったら言えよ。昔のよしみでちょっとくらいなら手を貸してやる」
「お主に頼るとごちゃごちゃ作戦立てて面倒じゃから言わん」
「この野郎……、人の善意を……」
「馬鹿言ってないで大人しく療養して、ちょっとでも長生きするんじゃな。ま、ホープとクリネアは今後どのように身を振るのかはわからんが、危なくなる前に相談せい」
バミはまたも文句を途中で切り上げる。
確かに、折角引退するのならば、のんびりとした老後というものがあってもいい。
グレイが、そしてグレイが教育係をしているクルムが引っ掻き回す王宮の未来も、少しだけ気になってきた。
「先生、私たちのおうちには……」
「すまんが今はクルムのところに世話になっとるからのう。ま、奴が女王にでもなったら、お主らの隣にでも引っ越してやろう」
「はーい、家、押さえておきまーす」
「いや、そこまでせんでいいが」
「せんせーが引っ越すと言ったので押さえておきまーす」
「それなら俺も手伝ってやろう」
ここぞとばかりに宣言したホープに、バミが乗っかって、グレイはぐっと黙り込んだ。ここにきて迂闊なことを言ってしまった形だ。
「儂は帰る」
へそを曲げたように急にくるりと振り返ったグレイの背中に向けて、バミがゲラゲラと笑ってしまいには咳をする。よほどグレイをやり込められたのが嬉しかったようだ。
グレイはその部屋の扉を開けて、去り際に振り返らずに「ああそうじゃ」と言って立ち止まる。
「クルムならもしかすると、エルフの森を取り戻すために動くかもしれんのう。ま、もうすぐ死ぬ奴には関係ない話じゃが」
「まて、なんだと!? その話詳しく……!」
バミが慌てて立ち上がろうとしたところで、扉がバタンとしまってグレイが素早く立ち去っていく足音が聞こえてくる。
バミはよろよろと歩いて扉を開けたが、当然そこの長い廊下には、既にグレイの姿は見えなかった。
「あの、糞爺が……!」
バミの怒りの声はグレイには届かない。
さっさとその場を離れたグレイは、悔しがっているであろうバミの顔を想像して、『精々長生きしろ』と思いながら、にやにや笑うのであった。