この話で難しいのは、クルム陣営には貴族関係者がいない点だ。
特に自領を身内や部下に任せ、王都を主な居住地としている古くから存在している貴族との付き合いがまるでない。そういった貴族たちの縁戚関係は複雑で、思いもよらぬところで繋がりがあったりする。
下手に情報収集をしようとすると、その動きも筒抜けになってしまうのだ。
どうにかしてそっちの伝手を手に入れなければ、という話になったのだが、肝心の手段が思いつかず、二人はうーんと悩みこんでしまった。
「先生、何かいい案はありませんか?」
駄目で元々、クルムは教育係であるグレイへ尋ねてみる。
むしろこういうことこそ教育係の本来の仕事であるはずなのだが、グレイはここまで、まるで自分は関係ないとでもいうかのように茶菓子をバリバリと食べているだけだった。
「古い貴族の知り合いなんぞおらんからな。あいつら威張り散らす癖に、こっちがちょいと撫でてやるだけですぐにぴーちくぱーちく騒ぎ出す。黙らすには息の根を止めるしかないが、それをすると問題が起こるしのう」
「そうですか……」
おそらく実体験の伴う物騒な話が出てきただけだった。
クルムがスンと表情をなくして静かに諦めたところで、しばらく顎に手を当てて考えていたウェスカが口を開く。
「……貴族によっては商人から金を借りていることもあるとか。パクス様に協力を仰げば、一人くらい紹介してもらえるかもしれません」
「やはりそうなりますか……。できるだけ今手元にあるものだけで、と考えていましたが……」
クルムとしては、いくら協力者と言えどもパクスに借りは作りたくない。
先日までの旅をしていてより深く理解できたが、パクスは本当にクルムのことを商売上の付き合い程度にしか思っていないのだ。必ず見返りを求められる。
現状ではパクスの方に得をさせているつもりだが、これから何が起こるかわからない以上、その状況を維持しておきたい気持ちもある。
「あら、手を貸してくれそうならどんどん借りるべきよ。使うか使わないか選べるのは、余裕のある人だけ。私たちはまだまだそんな余裕なんてないのだから。借りなんて状況が良くなればいつだって返せるわ」
ファンファの考えはある意味で正しい。
使えるものは使い倒して踏み倒すことすらできるのが、正しい権力者だ。
先回りして遠慮ばかりしていると、人の上に立つことはどうしたって難しい。
時には空手形でも堂々と胸を張ることは必要だ。
グレイは片方の眉を上げて見せたが、何も言わずにファンファの言葉をスルーした。個人としてはあまり人の手を借りるやり方は好まないが、人の上に立つ以上、一人ではできないことがあることもわかっている。
グレイからはなかなか出てこない意見であり、クルムも苦手とする分野。
人に寄りかかったり甘えたりするのは、ファンファの得意とするところだった。
そんなわけで翌日、ファンファを連れてパクス商会を訪ねることとなったクルムたち一行。一応午前中のうちにウェスカを使いに出してアポイントメントは取ってある。
懸念すべき点は、パクスがファンファを馬鹿にしているという点だろうか。
まぁ、一応どちらもクルム陣営、という扱いになるので、今回のことをきっかけに良い感じの距離感を作って欲しいというのも、クルムの願いである。
「お姉様。何度も言うようですが、パクス様はあまりおしゃべりが好きな方ではないので、簡潔に、目的だけ伝えるようにしてください」
「分かってるってば、もう少し信じてくれてもいいんじゃないかしら?」
「……信じますからね」
そう念を押している時点で信じていないと言っているようなものだが、ファンファは得意げに「任せなさい」と言って笑っている。自信家で少し抜けているファンファは、敵にいると厄介で、味方にいてもちょっと面倒くさい。
ただ、身内として見た時は仕方がないなと思うばかりで、嫌いにはなれない性格をしている。クルムがなんだかんだと話を聞いてやるのは、ファンファが時に役立つからというだけでなく、意外とちゃんとクルムのことを好いているのが分かっているからだ。
グレイは甘やかしすぎだと思っているが、これもまた家族の関係であるので、少し注意するくらいで止めろとまでは言わなかった。
まもなく入ってきたパクスは、ファンファの顔を見ても何も反応しなかった。
元からいるとわかっていれば、流石のパクスもあからさまに嫌な顔はしない。
「さて、今日のお話は何でしょう?」
「先日の襲撃の件です」
「ああ……、あれはやはり私の方を狙ってのことではありませんでしたか」
パクスも普段からばれるような悪さをしているわけではないが、人から恨まれていないとは言い難い。王都に戻ってからいくつか心当たりを探ってみたが、今のところそれらしい動きは見られていないので、クルムの方の刺客だったのだろうと見当はついていた。
「おそらくケルンお兄様を支援している、王都の貴族たちのどこかからかと。確証はないので、噂を探りたいのですが、そちらに伝手がありません」
「なるほど、王都の貴族、ね……」
王都に住む貴族は王宮に仕事を持つ者が多く、特にパクスが嫌っている類の貴族たちだ。彼らは王都に誇りを持っており、王都の汚点であるスラム街などを何かと浄化したがる。
パクスが若い頃にグレイの下を飛び出したのも、その浄化作戦によって、仲間たちの命が危険にさらされていることを知ったからだ。その結果パクスは仲間を多く失い、自身も生死の境をさまようような重傷を負った。
「パクス商会ならば、下級貴族にお金を貸していることもあるんじゃないかしら? あの人たち、いつも見栄ばかり張っているから、お金に困ってる人も多いと思うの。その人をちょっと紹介してもらえないかしら?」
「残念ながら、関わりたくないので」
「……あら、そうなの」
「でも、貴族に金を貸している商人ならば知ってますよ。……というか、私よりもあなたの方がよく知っているんじゃないですか? 夜の街の支配人、ランゴート=ゴールドのことは」
パクスがふいっと目を逸らしながら告げた名は、確かにファンファに縁の深い、王都でも有数の古い商会を営む商会長の名であった。