転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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ランゴートおじさま

 ランゴート=ゴールド。

 富の象徴ともいえるゴールドの姓を持つこの男は、代々王都の花街を牛耳ってきた商人の現当主だ。

 商人の多くは大成功を収めると貴族に転身するものなのだが、ゴールド家は巨万の富を稼ぎながらも、商人であり続けている。家業柄貴族には蔑まれ、他の商人には妬まれながらも、その地位を何百年と維持し続けている歴代当主の手腕は、傍から見れば正に怪物と評しても過言ではない。

 

「……あの、お姉様。先の連絡をして日を改めなくて良いのでしょうか?」

「あら、なんで? 私が訪ねるとランゴートおじさまは喜ぶわよ?」

「そうですか……」

 

 付き合いの長いファンファはともかく、自分は歓迎されるのか。

 不安は残るが、ここはファンファのことを信じてついていくクルム。

 どうしたって伝手が必要なのだから、怯んで引き下がるわけにはいかない。

 

 花街の方ではなく、当たり前の方に王都の一等地に建てられたゴールド家の屋敷は、意外なほど質素で、それほど広いものではなかった。ただし、周囲の壁の堅牢さと、警備の数は尋常ではない。

 

「……警備が厳重ですね」

「……質も悪くはないのう」

 

 グレイの口から飛び出した言葉に、クルムは目を丸くして顔を見上げた。

 この偏屈な老人が褒めるなんて珍しいことだ。

 もっとも、『悪くない』が褒め言葉かどうかは、その時のシチュエーションにもよるのだが。

 因みにその時にグレイが考えていたことは当然、いざという時の対処法である。

 いざという時というのは殺し合いの時であり、殺し合うということは、当主であるランゴート=ゴールドを殺したうえで、二度と敵対してこないようにするということである。

 そのシミュレーションをした上での『質が悪くない』という返答であることは、流石のクルムにも想像がつかない。

 

 クルムが足を止めてそんな話をしている間にも、ファンファは服をひらひらとさせながら警備に近付き、二言三言話したのち、唇を尖らせて帰ってきた。

 そりゃあ今日来て今日会ってくれるわけもないかと、クルムが帰る方に意識をシフトする。

 

「今留守にしているんですって」

「そうですか、では……」

 

 クルムが踵を返そうとしたところで、ファンファが首をかしげて続ける。

 

「どこ行くの? だから中で待ってたらいいって」

「……いいんですか?」

「クルムはさっきからどうしたの? ランゴートおじさまが私のことを追い返すはずがないじゃない」

 

 見れば警備員の一人が慌てた様子で街の方へ走って消えていく。

 ランゴートにクルムの来訪を伝えに行ったのかもしれない。

 

「ほら、行くわよ」

 

 クルムはファンファに手を引かれながら、堅牢な石造りの館へ向かって歩いていく。警備員に頭を下げられ、門をくぐり、あけ放たれた玄関から、センスの良い調度品で揃えられた応接室へ通される。

 使用人は誰もがファンファをお姫様扱いし、下にも置かないもてなしぶりである。

 

 これほど歓迎されているファンファを見ていると、クルムは少しばかり不安になってくる。大事にしている王女であるファンファを配下に収めたクルムのことを、ランゴートがどのように思っているかを想像すると、あまり面白くない結果になるのだ。

 

 もしやはめられたのか、とまで思うのだが、ファンファはいつもと変わらず楽しそうにしているだけだ。これまでの全てが演技でもない限り、ファンファがクルムを騙しているとは思えない。

 仮にそうなのだとすれば、ファンファはクルムの想像を超えた才能の持ち主であったことになるので、諦めも付くというものだが。

 

 ただ、ファンファはともかく、やはりランゴートの反応は不安だ。

 いざとなればグレイがいる。

 しかしクルムは、グレイに頼らなくても済むように、緊張の糸をピンと張りつめてランゴートの到着を待つことにした。

 

 それから一時間とせずにどすどすという足音が聞こえてきて、扉が開いて恰幅の良い男性が姿を現す。もみあげから唇の端辺りまで髭が伸ばされており、にっこりと目を細めて笑った顔は人好きのするものだった。

 

「ファンファ王女殿下、ようこそようこそ。お連れの方はもしや、クルム王女殿下でしょうか? お初にお目にかかります。十三のお誕生日の際にお祝いの準備をお手伝いさせていただいた、ランゴートと申します。当日も本当はお祝いに駆け付けたかったのですが、控えたほうが良いとのことで遠慮させていただきました。さて、こちら失礼いたします」

 

 流れるように喋りはじめたランゴートは、そのままソファの傍らまでやってくると、一応許可を取ってどっしりとその体を沈めた。

 

「相変わらずファンファ王女殿下はお可愛らしい。ああいえ、これはいつもの話で、クルム王女殿下に隔意があるわけではないことだけご承知おきください。僭越ながらクルム王女殿下の懸念を晴らさせていただくとするならば、私はそもそも王位継承争いの結果自体にはそれほど興味がないのですよ。そう固くならずに少しばかり肩の力を抜いてくだされば嬉しいですねぇ」

「お気遣いありがとうございます。ただ私は、有名なランゴート様とお会いすることに緊張をしていただけですので、誤解のなきようお願いいたします」

「はは、そうでしたか。いやはや、身体の太さと同じように私は神経も図太いようで……、図々しい態度で申し訳ない」

 

 入ってきてそうそう、喋り倒してペースを握ったランゴートからは、確かに、ファンファの後援者らしく、それを上回るくせ者の気配が漂っていた。

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