ランゴートは喋り倒しながらも、クルムの横に普通に座っているグレイの姿をさりげなく観察していた。
ファンファがクルム陣営に下った時点で、グレイのことはよくよく調べてある。
もともとは貧民街に暮らしており、あの辺りでは有名な老人だったそうだ。
貧民街からは、時折とてつもなく癖が強く才能のある人物が現れることで有名であったが、そのうちの数人がグレイの関係者である可能性は十分にある。それだけではなく、つい先日の裏組織支部の壊滅の際にもクルムたちの姿は見られているという情報もある。
王女であるクルムが戦えるはずもないから、自然と犯人がグレイであることが確定する。あの組織は、怪しげな薬に手を出している上に、捕まったものの中には『肉屋』と呼ばれている、裏社会の始末屋がいた。
それを屋内で全て圧倒したと考えると、王都の中でもトップクラスの実力者である。これまで名が知られていなかったことが不思議であり、下手に刺激するべき相手ではないとランゴートは判断している。
「しかし、今日はどんな用件でいらしたのですか?」
「実はね、クルムのことを暗殺者が狙ってきたらしいの。多分王都に住んでいる貴族勢力の手引き。その辺りの事情を探りたくて、王都の都合の利く貴族を紹介してもらいたいなって」
「なるほど……、もちろんお貴族様との付き合いはありますが……。私に金の無心に来るような方をどこまで信じて良いものやら。金になびく者は金に転びますよ」
便利に使える木っ端貴族は掃いて捨てるほどいるのだが、それはあくまでランゴートがその貴族を追い詰めすぎないようにしているからこそできることだ。例えば、彼らのプライドが多少傷ついたとしても、人には知られないようにする、だとか。
もしその条件から逸脱してしまった場合、『商人如き』と思っている貴族をコントロールすることは非常に難しくなる。つまり、怪しい動きがあれば殺さなければいけなくなるのだが、ファンファがそこを理解しているとはランゴートは思っていない。
どうやってこのお願いを断るべきか、の方へランゴートはすでに舵を切り始めていた。
ランゴートはファンファのことを気に入っているが、それは子供のころからうまくコントロールができていたからこそ、という部分もある。『王にならなくても幸せがある道』を説き、『王位継承争いの危険』を囁き、『そこそこ立ち回ることのできる人格』を作り上げた。
勝ち馬に乗るように誘導していたのも、そもそもはランゴートであり、道半ばでクルムのような勢力に飲み込まれるなんてことは、完全に計算外である。だからと言ってここで素早く手を引いてしまうと、万が一クルムが傑物であり、天地人に恵まれて王になってしまった場合が怖い。
程々の距離感で協力しておこうと判断していたのに、まさかファンファと共に乗り込んでくるとは夢にも思わなかった。商人の力ごときを借りることに躊躇がなく、下されたはずのファンファがなぜか異様に協力的。
クルムは、間違いなく扱いづらいタイプの王位継承者候補だ。
距離の取り方が難しい。
「それでは……、ランゴート様から付き合いのある貴族の方より情報を集めていただくことはできませんか?」
「あからさまに動いては、私があなたに与していると気づくでしょうねぇ」
「そもそも皆、ランゴート様がファンファお姉様の後援をしていることはご存じの上で無心にいらしているはずかと」
「ファンファ様はもともと周囲と争う姿勢を見せていませんでしたから。しかしクルム様はしっかりと玉座を狙っていらっしゃるのでしょう?」
「よくご存じですね」
「ファンファ様より聞いておりますので」
「なるほど。ランゴート様はお姉様から聞いてその事実をご存じかもしれませんが、王宮ではまだその噂は広がっていないかと。知られるようになるころには、しっかりとその勢力がランゴート様に害をなせぬようにしておきますので、ご協力願えませんか?」
ファンファならばさらりと引き返しそうなことを言っても、クルムは考える時間すらなく、ポンポンと打ち返してくる。前に出ると決めたらどこまでも無遠慮に踏み込んでくるやり方は、王族というよりは商人のそれに近かった。
やり取りの隅に黒尽くめの不気味な商人パクスの顔がちらつく。
「知られているからこそ、暗殺者がやって来たのではありませんか?」
「あれは小手調べでしょう。ちょっとこちらからちょっかいを出したことに対する報復ですよ。未だ私とお姉様、どちらが主体かも測りかねているような連中です。それに、私たちは動くきっかけがあればいいんです。どうやら王宮の動きにも敏感なようですし、ランゴート様ほどの商人であれば、それらしい噂くらいは既に手にしているのではありませんか? 例えば、王都に古くから暮らしているバッハ侯爵が動いているとか」
「流石にそれほど大物の事情は存じ上げませんなぁ……」
「そうですか、それは残念です」
随分と激しい問答の殴り合いをした末に、クルムはあっさりと身を引いた。
この辺りの駆け引きは、最近長く息苦しい馬車生活で、パクスから学んだことが生きている。
「長々と失礼いたしました。ところでこれは街の人から小耳にはさんだ話なのですが……、花街の方には、身分のある若者がやってくることもあるそうですね。随分と無理を言うこともあって困った、と言っていました」
クルムは一度引いてから、ピンポイントで今ランゴートが直面している問題について切り込んでいく。質問のようでいて、実はこの話、ゴールド家に行くのならばと、パクスから武器として授けられた情報の一つである。
いくら街にしょっちゅう繰り出しているクルムと言えど、こんな少女に花街の噂など教えるような店主がいるはずもなかった。
ここでランゴートが、そんなものはいないと言えば、クルムは貴族なんていないといって、その若者たちを捕まえて強硬手段に出るのだろう。そして、いると言えば、困ったことですね、などと言って王族としてのうんたらかんたら、と嘯きながらやっぱり強硬手段に出るに違いなかった。
つまりクルムは、初めから逃げ道のない質問を持っていながら、ランゴートの立ちまわりを探っていたことになる。隣にいる老人だけではなく、それを味方につけているこの王女もまた、何か底知れぬものを秘めているようだと、ランゴートはここにきてついに察した。
「はは、いやぁ、そんなお客様はいらっしゃいませんが、いや、確かに、そんな話があったら困りますねぇ」
今回はお手上げだ。
十分に準備してきたクルムに対して覚悟が足りていなかった。
ゴールド家は王位継承争いに本腰を入れない。
それは代々続いてきた伝統であったが、ランゴートは少しばかり、この王女の行く末に興味を持ち始めてしまっていた。