転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

162 / 361
ランゴートとの関係性

 その後もいくつかの雑談をしたのちに、クルムたちはゴールド邸を後にした。

 クルムのランゴートに対する印象は、余裕のある大物である。

 確かに曲者なのだろうが、パクスが毒が塗ってあるよく切れる刃物、だとすれば、ランゴートは叩いても傷一つつかない金剛石、といった具合だ。

 守ることに重点を置いている商人の眼鏡にかなうことは難しい。

 何せ、既に盤石な基盤があるゆえにいても居なくてもいいのだから。

 

 それでもクルムは、今回の面談では十分に印象を残すことができたと考えている。

 守ることを重要視しているのであれば、それをさらに強固にすることができるとメリットを提示したうえで、いざとなれば自分ならばその守りを破れる可能性を示唆してやれば良いのだ。

 ランゴートからすれば、敵に回るのは面倒くさいが、そのまま味方しておくか、になるわけである。

 

 話の中で、ランゴートが実質支配している花街を自由に歩いていいと許可も貰ったことだし、ここからやるべきことは決まっている。

 それなりに娼婦を金や権力を背景に家へ連れ帰って、飽きたらポイ捨てするという馬鹿貴族子息を発見して、痛い目に遭わせるだけだ。これは醜聞であるから、上手く使えばその親である貴族の弱点となり得る。

 

「クルム、あれだけでいいのかしら? もっと協力を取り付けたり……」

「十分です。これからどうするかは決まりました」

「そう? ランゴートおじさまなら、お願いすれば大抵のことは聞いてくださるのに」

「そうでしょうね」

 

 クルムはランゴートが、ファンファを上手く操作していたようだと、一連のやり取りで気が付いている。『王位継承争いの結果に興味がない』というのはつまり、はなからファンファを王位につけるほどに協力するつもりはなかったということだ。

 目的はおそらく、潰されない程度に貢献し、目につかぬ程度に大人しくしていること。そして、ファンファがいつか、隣国や貴族との政略結婚をすることになった時に、そこの利権に食い込むことである。

 そしてそれは、身代を潰すほどの価値のないことだ。

 一つの投資のようなものなのである。

 

 ファンファはランゴートと幼いころからの知り合いのようであった。

 そりゃあ元はファンファの母親の上司にあたる男なのだから当然のことだった。

 きっと精神の均衡を早い段階で崩したファンファの母親のことを諦め、ファンファをこれからどうするかに力を注いできたのだろう。

 

 クルムにとっては結果的に都合の良いことであったが、ファンファが初めから諦観をにじませつつも王位継承争いに臨んでいる原因は、おそらくランゴートにある。

 今こうして身内に引き入れたからこそ思うことは、ファンファはきちんとした教育を施して、王座に就くべく努力していれば、きっともっと強敵になっていただろうということだ。

 ファンファの人を魅了する力や、物事に対する理解力、行動力は、クルムから見ても抜けたものがある。教育によって、もし今の間の抜け方がなくなったとしても、ファンファは他のやり方で人を魅了する術を手にしていたことだろう。

 

 つまりランゴートの教育は、しっかりと成功していたのである。

 ランゴートの甘やかしや唆しが、今のファンファを作り上げた。

 

 そんなランゴートの甘い言葉に乗るのは危険だ。

 そこそこ利用し、そこそこ利用される、絶妙な距離感を保たねばならない。

 間違ってもパクスとの関係のような、同じ方向を向きながら別の事柄を進めていく、ビジネスパートナーめいたポジションに収まることはできないだろう。

 

 

「さて、数日置いて花街へ行くことにします。ランゴート様は私たちの自由を通達してくれているとのことでしたから、行動に問題は起きないでしょう」

 

 王宮へ戻ったクルムは、グレイとファンファ、それに護衛の二人の冒険者を部屋に集めて相談をする。

 

「困った貴族の真実を確認し、それが利用できそうならうまく利用することにします。もしそこからバッハ侯爵家が暗殺を企てたことがはっきりするようならば、それをきっかけにして、ケルンお兄様のナイフもいただくことにしましょう。バッハ侯爵はケルンお兄様の後援者、という形ではありますが、力関係でいえば侯爵の方が上でしょうから」

 

 話の流れは分かるグレイだったが、まどろっこしいなとも思う。

 限りなく黒に近いグレーであるバッハ侯爵の罪を、確定させなきゃ何もできない。

 やり方としては間違っていないが、グレイの感覚としては微妙なところだ。

 だがこれも政治とか正義とかそういうものなのだろうというのもわかるから、黙して口は出さない。これはあくまでクルムの戦いだ。

 こうして本人なりに後ろめたさのないやり方を積み重ねていくことによる、信頼や自信のようなものは若者にとっては大事なのである。大抵のことを暴力で解決できるグレイには関係のない話だが。

 

 クルムたちが花街でどのように動くかを協議しているところで、部屋がノックされてウェスカの声が聞こえてくる。

 そろそろ夕飯時なのだろう。

 クルムが入室を促すと、案の定夕食の準備ができたという声かけであった。

 話をぴたりと切り上げてクルムが立ち上がったところで、ファンファが「そうそう花街の方の……」と話し始める。

 瞬間、クルムが振り返って一歩前へ踏み出し、ファンファの口元に指を押しあてた。

 

「今日の相談は終わりです。……ウェスカの前で花街の話などはしたくありません」

「……そうなの? ふーん」

 

 分かったのか分かってないのかファンファは素直に口を閉ざした。

 グレイに会うために貧民街へ行った時ですらかなり渋面を作っていたウェスカだ。

 そして自分が捕まってクルムたちが救出へ来た時のことも、未だに「私のせいでクルム様をあんな場所に……」と時折嘆くウェスカである。

 花街に行く、なんて話をしたらどんな反応があるか分かったものではない。

 

 ウェスカはクルムに過保護であり、クルムもまた、ウェスカには少々過保護なところがあるのであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。