それから数日たったある日、クルムとファンファ、それにグレイは、花街をうろつきながら聞き込みをしていた。まだ真昼間の営業前の時間で、通りは静かなものだ。
まだ寝起きのような顔をした男がよれたシャツを着て、顔を洗っていたり、道端の掃除をしたりしている。
クルムはその中でも比較的しゃっきりとして、身なりも整えている男の一人へ歩み寄り、声をかけた。
「すみません、お話よろしいですか?」
振り返ってクルムとファンファを見た男は、一瞬怪訝そうな表情をした。
少女が売られてくることも志願してくることもあるが、そういった手合いにして質の高い服を着ている。普通この男の店にやってくるような子は、もっとみすぼらしい格好で、切羽詰まった表情をしている。
それから目線を後ろに移すと、髭を生やした背の高い老人が目に入り、ふとつい先日に上から降りてきた話を思い出す。詳細までは聞かされていないが、こういった風体の人物がやってきたら手を貸すように、と。
「……ええ、まぁ」
最初は何の話かと思っていたが、本当にやってきたものだから驚きつつも、申し付かっている通りに承諾をする。通りで話して見られても良くないと、すぐに戸を開けて中へ招き入れるのは、流石に大店を管理している男の判断力であった。
「それで、どんなご用事でしょう? あまり若い女性が来るような場所ではありませんが」
「近頃この宿に、無理を言う客が来ているという話を聞きまして。その詳細をお伺い出来たらなと」
男は眉を片方だけ上げて思案する。
こういった店の客情報なんて言うのは、本来極秘で絶対に外に知られてはいけないものだ。店の方から吹聴するようなものではないから、外に漏れているのだとすれば、それは実際に無理を通してくる迷惑な客の方からということになる。
無理を通しているなんて噂が広がってしまえば、他の客まで真似をして無茶な要求をし始める可能性がある。店や地域の治安悪化にもつながる為、それは店としても避けたい事態であった。
「それを知ってどうするんです」
どちらにせよ対処しなければいけない問題であるが、今回はよそ者がこうして首を突っ込んできているのが問題だ。場合によってはこっちを先に始末するべきなのだが、上からのお達しは絶対であるから乱暴なことをするわけにもいかない。
「その方に用がありまして……、こちらで対処させていただけないかなと」
「……対処、ですか?」
「はい。お任せいただきたく」
「店に来る客が、別の勢力に攫われて痛い目にあわされた、なんてことになるのは困るのですが」
「そういう事態にもならないようにします」
「…………まぁ、上からも手を貸すように言われていますので、協力することはやぶさかではありませんが」
「ありがとうございます。では、そのお客の問題行動について、詳しく聞かせていただけますか?」
クルムの要請に従って、男はその貴族子息の行動について語る。
なんでもその男は、店の女性に身請け、つまり自分のところに妻として迎え入れる話をするらしい。それ自体は構わないのだが、過去にここよりも低価格帯の店で、店を通さずにそれをやった上で、女性を捨てた経歴が二度ほどあるらしい。
しかも悪いのが、店に来て直接相手をした女性にではなく、まだ客を取っていないような年端も行かぬ少女を、救うと嘯いて誘惑するのだとか。確かにろくでもない男である。
この店にやってきてからも、同じようなことを繰り返しており、うっかりつられそうになる少女を教育するのに苦労しているそうだ。こんなところで働いていても、いや、働いているからこそ、王子様がやってきて自分を救い出して愛してくれる物語に憧れるのだ。
貴族の、見目の整った子息にそれをやられれば、自分だけは違うと、つられてしまうものがいるのもおかしな話ではない。
「いつもうまいこと、待機室で一人になった時や、外で他の作業をしているのを見つけて声をかけてくるらしいです。ずるがしこいというか、なんというか……」
「……ろくでもない奴ね」
小声でつぶやいたのはファンファだった。
横目で見やったクルムは、その表情がいつもと違ってどこか儚げであることに気が付く。
「でもいいこと思いついた。クルム、私に任せてくれるかしら?」
「ええ、はい、わかりました」
すぐにいつものような明るい調子に戻ったファンファに、なんとなく流されて返事をしたクルムは、その後の作戦を聞いてため息が出そうになる。ただ、有効そうな作戦であることは確かだったので、いったん素直にその作戦に乗ってみることにするのだった。
日が暮れてからの花街は、少しずつ人が増え、賑やかになっていく。
クルムはそんな花街の様子を、建物の中からぼんやりと観察をしていた。
着ている服はいつもと違って、あまり生地の良くないもので、化粧も花街らしく派手なものになっている。
肌は綺麗で、見た目は整っているが、薄暗い店の中に混ざってしまえば、一目でそれがクルムであると判断するのは難しいだろう。
窓から目を離したクルムは、部屋の端に異様にガタイの良い爺が黒服を着て立っているのを見ながら、花街の少女らしく物憂げにため息を吐くのであった。