クルムがいるのは、一つの広い部屋がついたてによっていくつも仕切られている区画だ。ファンファの姿は見えないが同じ部屋のついたて一つ挟んだ先にいる。
新しい少女が入った時の顔見世をするような場所で、最近では無人になっていたのを今日に限って二人が入っている形だ。もちろん、ファンファの提案によって。
手出しもしつこい声かけも厳禁だが、客は若い子たちを見て楽しむことができるという構造である。もちろん普段ならばの話で、今日に限っては声かけも厳禁であることは、あらかじめ客には伝えてある。
例の客が来た場合は、ちょっとしたすれ違いでその注意をしないことになっているけれど。
グレイが立っているのは、部屋の入り口から入って右側。
いつでも動ける状態ではあるが、完全に気配を消しており、クルムやファンファの方に目がむいている客は皆、その存在にすら気づかない。
グレイからしてみれば、こっそり近寄って首をぽきりとするのは赤子の手をひねるより簡単なことだ。
クルムやファンファは、見るからに上品で、そして若く美しいから、どうしたってふらふらとひきつけられていく客はいるのだが、背後でグレイが身動ぎしたり、咳払いをした瞬間、振り返ってぎょっとした顔をして店の奥へ逃げていくことになる。
筋肉でパツパツの服を着た老人がぎろりと睨んでいたら、誰だってそうなるに決まっていた。
一度帰ってウェスカには遅くなることを伝えてあるので、時間を気にする必要はない。外ではらはらしながらうろついているファンファの護衛二人は、気付けば他の店の女性にたかられて困っていたが、それもイケメンのさだめというものだろう。
グレイは別にその辺で一発遊んでいてもいっこうにかまわないのだが、窓の格子からじとーっと見つめているファンファに気づいては、そうもいかないだろう。大人しく二人して軒先に入り、白々しい会話を続けていた。
さて、随分とたくさんの客を怖がらせて、もう今日は来ないのかなとなったところで、グレイの背中の壁がコツコツと叩かれた。例の貴族子息がやってきた合図だ。
ここからは客を止めて、他の者が入ってこないように手配されている。
貴族子息は素早く部屋に目を走らせたが、グレイが立っているのはいつも店の者が睨みを利かせている奥の方ではなく、手前の見つかりづらい場所だ。
慎重なのか、流石に怪しいと思ったのか、貴族子息が振り返って確認しようとした瞬間、グレイがさっと動いて音もなくその背後に回り込んだ。
その動きで風が揺れたのだろう。
違和感を覚えた貴族子息が振り返ると、グレイもそれに合わせてその周りをぐるりと回り、最終的に、またその背後にぴたりとつく形となった。
それを見ていたクルムは思わず吹き出しそうになるのを必死でこらえ、格子から外の景色を覗く。もし貴族子息の方を向いていたら、顔がにやけているのがばれてしまっていたことだろう。
貴族子息は先へ進み、ファンファの姿も確認すると、そのまま何も言わずに奥の部屋へ消えて行ってしまう。
「……なんじゃ、失敗か。お主らは好みでなかったようじゃな」
完全に消えた後に、グレイが呟くと、ファンファがついたてから顔を覗かせて頬を膨らませる。
「……なんで声をかけないの、あの男。失礼ね!」
「流石に子供過ぎましたか」
「まぁ、クルムはそうかもしれないけど……」
クルムは十三歳だが、ファンファはお年頃。
顔つきも幼いし、相手の好みにはドンピシャだったはずだ。
二人とも母親が国王に見初められるほどの美貌の持ち主であることもあって、こんな場所にあっても群を抜いて美しい。
声一つかけてこなかったのは意外だった。
「帰るか? それとも攫うか?」
「もう攫っちゃった方がいいんじゃないかしら?」
「…………相手に後ろめたさも欲しいので、もう少しだけ待ってみましょう」
クルムは、危険思想の爺とプライドを傷つけられたお姫様の意見を却下して、もう少しだけここで待つことを決める。
先ほど男がクルムに最初に向けた視線は、値踏みをするようなものであったことは確かだったし、その目が一瞬細められてから周囲の確認を始めたことも気になった。
あの慎重さからして、グレイの動きや普段とは違う様子から、妙な気配を察して一度はスルーしただけの可能性は十分にある、というのがクルムの考えだ。
「こんなに可愛い私が時間を使ってあげてるのに……」
「確かに、お姉様はどんな服を着てもお可愛らしいですね。私はどうも似合わない気がします」
「…………そうかしら? クルムもそうね……、今あまりに合わない気がするのはきっと、似合わない化粧をしているからね。あなたは元の顔がすっきりしてるから、それを活かした方がいいの。あとでお化粧も教えてあげるわね?」
「ありがとうございます、お姉様」
機嫌を取るのは簡単だった。
鼻歌交じりに自分のポジションに戻ったファンファを見送って、クルムもまた元の位置に戻ってぼんやりと外を眺める。
格子に阻まれた、花街の少女たちの見る景色。
そんな少女たちの気持ちを想像しながら、クルムは静かに時間が過ぎるのを待つのであった。