小さな部屋に閉じ込められた貴族子息フルートは心臓を縮み上がらせていた。
この部屋は、店の悪い客や言うことを聞かない少女を教育するための部屋で、元々無骨に、そして外に音が漏れないように作られている。窓のない部屋のひんやりとした雰囲気はフルートの気持ちを余計に寂しいものにさせた。
入り口の両サイドには二人の強そうなイケメン。
そして床に座らせられたフルートの目の前には、長い白髭を生やした筋肉が擬人化したような老人。目つきは鋭く、というか、明らかに蔑んだ眼でフルートを見下ろして黙っている。
こんな視線を向けられるのは生まれて初めてのことだった。
部屋の扉が僅かに音を立てる。
金属製の扉は重く、音も随分とひっそりとしたものだった。
二人のイケメンによって扉が開けられると、そこに現れたのは二人の美少女。
どちらも甲乙つけがたかったが、より素朴な、言い換えれば騙しやすそうに見えた少女の方にアタックしたフルートは、二人の顔をよく覚えていた。実際騙しやすいのはおそらくファンファの方だが。
なぜこの二人がと考えたフルートであったが、同時にチャンスであるとも思う。
少女の扱いならば慣れたものだ。
少なくとも先ほど失敗したばかりの本人はそう思っているので、ここを突破口とすることを決めて、地べたに座らされているかっこ悪さを忘れてきりっとした顔をしてみせる。
「何か、私は気に障ることでも……」
「ちょっとあなた、なんで私に声をかけなかったのかしら? どこをどう判断して私を選ばなかったのか、しっかりと詳しく教えなさい」
ぷんぷんといった調子で詰め寄ってきたファンファを見て、フルートは『あ、こっちだったか』と気づく。
「あ、あまりに君が可憐で、声をかけることもはばかられるほどだったんだ……。君ならばこの世界でも一番輝く存在にもなれるだろうと思うと、僕の手を取ってもらえるかが不安で……」
自信家の少女には少しくらい情けないことを言っても大丈夫。
これで自尊心をくすぐってからが勝負だ。
「へぇ、そういうことでしたの。ふぅん、なら仕方ないわ、ね?」
「そうですね」
「そういうことですか」
「そういうことよ」
ファンファが入り口を守る二人に同意を求めると、期待通りの答えが返ってくる。
うまくいったはずなのに、なぜかその気持ちはフルートではなく後ろのイケメン二人に向かってしまった。
ファンファにとっては当然のことだが、フルートからすれば計算外である。
「なるほど、私の方が劣っていたから情けで声をかけてくださったということですね」
しかし考える間もなく、今度はクルムから冷たい声が降ってきて、フルートはしまったと動揺する。
すぐに気持ちを立て直し、悲しそうに目を伏せて答える。
伊達にこれまで年端も行かぬ少女をたぶらかしてきていない。
「いいや、それは違う。君にはこんな場所は似合わないと思ったからこそ声をかけたんだ……。僕は君のためなら何でもできる……」
何でも、と気軽に口走った直後、フルートは嫌な流れに気づいて、ぎこちなく白髭の老人を見上げた。
「私のために何でも、ですか?」
しかしグレイは先ほどと変わらず、蔑みの視線を向けてきているだけだ。
だんだんぞくぞくしてきたフルートは、すぐに目を逸らして返事をしたクルムの方を向いた。
「そう、そのためにも、ね。これがどういうことだか教えてもらいたいな。君をここから抜け出させるためにも、ほら、まずは家に帰らないと。私はこう見えて貴族でね、こんなことをされていると知られては、君にも店にも迷惑がかかる」
「そうかそうか、では二度と口をきけぬようにせねばならんのう」
「あっ、違う違う!」
「違う?」
「違います! 絶対に何も言いません許してください!」
「年端も行かぬ子供を狙う輩の言うことなど信用ならん。死に晒せ」
グレイにとっては、こんな店にいる年端も行かぬ子供を騙して手を出したあげく捨てる貴族なんて、貴族の中でも下の下の下である。そこらを飛び回る羽虫にも劣る存在の命を刈り取ることには何の躊躇もない。
どうせクルムが止めるだろうからと、現状では本気の殺意を振りまいている。
止められなかったら勢いで本当に殺しちゃおうかなとも思ってる。
止めないクルムが悪い。
「先生、私に話をさせてもらえませんか?」
「…………ま、よかろう」
圧だけで壁にへばりついてヤモリのような姿勢になっているフルートに、変わらぬ殺気を振りまきつつ、グレイは振り上げたこぶしを収める。
あと三秒くらいでタイムリミットだったのに残念である。
「お名前を教えてもらえますか?」
「ふ、フルートだよ」
フルートは声を震わせながら答える。
なるほど、クルムが先生と呼ばれるグレイにお願いをできることが分かったのだから、もはやクルムに媚を売るしかフルートには道はなかった。
「ご家名は?」
「ふ、フルート……、フルート=ユゥバ」
「これまでの言葉に噓偽りはありませんか?」
フルートは一拍置いてから、こくこくと激しく首を上下に振る。
嘘があろうがなかろうが、こうなっては本当にするしかないのだから。
「わかりました。ではユゥバ子爵家のフルート殿は、私ハルシ王国が第十一子、クルム=ハルシの言うことを何でも聞いてくださるということですね」
「…………はい?」
突然わけのわからない言葉を羅列されて、フルートは一瞬頭の中が真っ白になった。それから貴族、とか王女、とか、何でも言うことを聞くと言ってしまった、とか考えている間に、クルムの表情がすんとなくなる。
「先生」
「よし」
その一言で拳が振り上げられた瞬間、フルートは悲鳴を上げた。
「ユゥバ子爵家が長子、フルート=ユゥバはぁああああ」
喋っている途中にグレイの拳が唸り、フルートの側頭部をかすめる。
「あっあっ、殺さないでくださいぃ……、何でも言うこと聞きますぅ」
「そうですよね、何でも言うことを聞いてくださいますよね」
「はいぃ」
ついに体裁も保てなくなったフルートは涙をこぼしながら、ぺたりと冷たい石畳の床に再び座り込むことになるのだった。