「ではまず、ユゥバ子爵に話を通していただきましょうか」
「え、ち、父上にですか?」
「はい、そうです。今から一緒に屋敷へ行きます」
「今から!?」
すでに夜も更けて、人を訪ねるような時間ではない。
普通であればクルムも遠慮するところだが、ユゥバ子爵は敵みたいなものだ。
そんな相手にいちいち遠慮をする必要はない。
欲しいのはバッハ侯爵が何かしら動いているという確信。
暗殺者がバッハ侯爵の手によるものであろうと九割がた分かった上で、確証をもって敵対したいだけである。
「何でも言うことを聞く?」
クルムが首をかしげると、グレイがパキリと音を立てこぶしを握る。
拒否権など存在しない。
「はい、今から行きます……」
「では行きましょう」
クルムが決定を下した途端、ファンファ配下の二人の冒険者が麻袋をもってフルートに近付いていく。
「な、なんだ、何をするんだ」
「あなたと一緒に外を歩いているのを見られたくないので。安心してください、静かにしている限りは丁重に運びますので」
裏を返せば、騒ぐようなら黙らせるということだ。
外で大声を出されても迷惑なので軽く脅しを入れておきたい。
しっかりと黙り込んだフルートを袋に詰めると、グレイはさっさと元のローブ姿に戻ってそれを担ぎ上げる。同じくクルムたちも顔が分からぬようにフード付きのローブを纏い、怪しい五人組の完成である。
怪しまれようが何しようが、別に中身がばれなければそれでいい。
店の者に声をかけて、外へ出た一行は、特に裏道を使うこともなくまっすぐにユゥバ子爵邸へと向かった。
屋敷の前に着いたところで、麻袋からフルートを解放。
すっかり憔悴した表情になっていたが、この男の仕事はこれからだ。
家令の追及を適当にかわして、ユゥバ子爵の元まで案内してもらわなければならない。
「一つ忠告しておく。死人を出したくなければ、下手な動きはせんことじゃ。ああ、その死体の中にはむろん、お主も混ざることになるだろうことも忘れるでないぞ」
グレイからの忠告はしっかりと聞いたようで、フルートは顔を青くして数度頷いた。それから屋敷の門をくぐり、庭を抜け、大きな扉を開けると、使用人がフルートを迎えに出て来る。
「お帰りなさいませ。旦那様から言伝があるのですが……、こちらの方々は?」
そこで堂々と入ってきた謎の人物たちを家令は見つめる。
既に私兵らしきものが二人、警戒しながら寄ってきているが、グレイはそんなものは気にも留めていない。
「こ、これは私の友人さ。小言は後で聞く。ちょっと相談事があるから彼らは私の部屋へ案内するよ」
「……申し訳ありません。いくらお坊ちゃまとご友人とはいえ、素性のわからぬ方をお通しするわけにはいきません」
「……いいから見逃してくれないか? あとで私が怒られるから」
目を泳がせながら訴えるフルートに、家令は様子がおかしいことに気づく。
普段であれば怒られることをできるだけ避けるようにしながら、へらへらと逃げるように通り過ぎていくのに、今日は随分と丁寧な対応をしている。
「坊ちゃま、なにか……」
「しつこい! 早く通してくれ!」
顔をゆがめて怒りだしたフルートを見て、家令は異常事態を確信し、さっと手を上げた。その瞬間私兵が動き出したが、瞬間抜かれた剣を喉元に突き付けられ、動きを止めざるを得なかった。
動いたのは二人の冒険者である、ドーンズとニクス。
グレイにはあっさりと敗れた二人だが、この二人もまた、それなりの腕を持った冒険者である。相手が動くとわかっていれば、その機先を制することくらいは訳ない。
「くっ、坊ちゃま、これはどういうことです!」
「す、すまない、ゆ、許して、許してください。あ、あいつが勝手に……!」
フルートが言い訳をしているのは家令に対してではない、後ろに立っていたグレイに対してである。自分は精いっぱいやったが、家令の奴が勝手に察したのが悪い。そう言いたいのだろう。
「黙れ」
「はい!」
そのすべての言い訳を、グレイは一言で黙らせた。
その間にクルムがてきぱきと指示を出す。
「捕らえて部屋に押し込んでおいてください。ことが終わるまで持てばそれで十分です。フルートさん、近くのあまり人が入らない部屋を教えてください」
「は、はい……、はい!」
「坊ちゃま!」
「黙ってろ! 私を殺したいのか!?」
「旦那様に恥ずかしいと思わないのですか!」
「うるさいうるさい、黙ってろ、いつも偉そうに!」
「ユゥバ子爵家の嫡男として……」
「黙れと言っているのが分からないのか! あ、わ、私はもちろん逆らうつもりはありません、こいつが、こいつが……」
家令が叱責するような声を上げたが、フルートがそれに必死の形相で言い返す。
普段はへらへらして悪さばかりしている癖に、こんな時ばかり必死になり、その上家よりも自分の身を案じて卑屈な笑みを浮かべる。家令は情けなくてすっかり気持ちがなえてしまった。
これが跡取りではユゥバ家お先も真っ暗であると悟り、ついには閉口する。
「……あなたも、少し静かにしていてください。殺したりはしませんので」
「旦那様を傷付けないと約束してくださるのならば……」
「……それはあちらの態度次第ですね」
正直に答えたクルムを見つめて、家令は深いため息を吐く。
どう見たって相手は年端も行かぬ少女だ。
これまで嫡男であるフルートの蛮行を見逃してきたつけが回ったのだと考えれば、あまり強いことを言う気にもならない。
これから起こりうる可能性を、誤魔化さずに正直に答えてくれたクルムに賭けて、家令はもう一言付け加えた。
「できるだけお願いします」
どんなに馬鹿な息子を持とうと、親ばかであろうと、家令は現当主と共に生きてきた人間である。責任もあれば、情もあった。
ここで大きな声を上げたところで、やってくるのはせいぜい数名。
被害が広がるばかりならば、潔くお願いするくらいしかできることはない。
一人息子を甘やかしすぎたのだ。
家令が口を酸っぱくして忠言しても、好きなようにさせた現当主にも責任はある。
家令は大人しく縄にかかり、猿ぐつわを噛まされて二人の兵士と共に倉庫に寝かされることとなった。
一連の動きを見守っていたファンファは、グレイの横でぽつりとつぶやく。
「……駄目な男」
その視線は、縛られている家令に向かって文句を言っているフルートに向けられていた。