転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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寝込みを襲う

 フルートは、まっすぐにユゥバ子爵の私室へと向かっているようだった。

 真後ろにはグレイが並び、それに続くようにクルムとファンファ。そして最後尾にドーンズとニクスが控えている。

 ファンファは先ほどフルートを『駄目な男』と称していたが、クルムはそれ自体には同意だったが、その一方でとった行動についてはほっとしていた。敵対勢力であろうと、その家人を必要もなく傷つけることはない。

 あれが一番穏当な結果となる選択であったことは確かだ。

 まぁ、あの家人の反応を見る限り、フルートが普段から問題のある跡取りであることは確定したわけだが。

 

 ユゥバ子爵自体の王宮での評判はそれほど悪いものではない。

 堅実な仕事をする貴族であり、バッハ侯爵にもかなり近しいはずだ。

 王都の貴族は敵に対して汚い手を使うことは躊躇しないが、貴族としての誇りは持っていることが多いので、扱いは比較的楽である。

 ここ数十年でややその勢力に陰りが見えているのは、先代、当代の王の後援にいる貴族勢力が、王都に住む貴族ではなく、元々は成り上がりの勢力であったことによる。そうは言っても、既に五十年以上の隆盛を誇っているのだから、もはや新興勢力とはとても言えないが。

 それでもあえて分けるのとするならば、今の主流が新貴族派で、バッハ侯爵らは旧貴族派、というべきだろう。

 

 長い廊下を抜けて奥の部屋へたどり着くと、フルートはぴたりと足を止めてノックするために手を上げ、そこで固まる。何やら緊張している様子だが、恐る恐る横にいるグレイを見るとすぐにその手を動かして扉を叩いた。

 

 無言のノックを数度繰り返したところで、中から足音が聞こえてくる。

 

「なんだ、こんな夜更けに」

「……父上、大事な話があります」

「夜遅くまで歩きまわって、大事な話か……。お前はいったいいつになったら……」

「大事な話なんです!」

 

 扉越しに小言が始まったところで、余裕のないフルートが必死の声を上げる。

 普段こんなことはないのだろう。

 ユゥバ子爵はしばし黙り込んでから、本当に何か大事な話があるとでも思ったのか、「まったく……」と言いながらドアノブをひねった。

 

 扉が開いた瞬間最初に見えたのは、背の高い不審者の姿。

 慌てて扉を閉めようとした瞬間に、グレイが片手でドアを押さえた。

 子爵が両手でどんなに力を入れようと、ドアはびくともしない。

 

 顔を真っ赤にして無駄を悟った子爵は、確かにそこに嫡男のフルートがいることと、少女が二人いることを確認し、後ずさりながら眉間にしわを寄せる。

 

「何事だ……。息子が何か…………っ」

 

 フルートが何かやらかして、粗暴な輩が乗り込んできた、という想定で話を始めたが、ランタンの灯りにぼんやりと照らされたクルムとファンファの顔を見て、表情をひきつらせた。

 クルムやファンファは仮にも王家の一族だ。

 大きなイベントごとには必ず顔を出すし、貴族当主たちからは顔が知られている。

 王女二人が揃ってこんな真夜中に、しかもいかつい護衛を引き連れてやってきているのだ。ユゥバ子爵の脳裏にはとんでもない推測が頭をかすめたことだろう。

 すなわち、馬鹿息子が王女に手を出した、である。

 

「大事なお話があります、ユゥバ子爵」

「ぐ……、く、クルム王女殿下に、ファンファ王女殿下……」

「中へ入れていただけますね」

 

 すでにこんなところまで入られている時点で、諸々手遅れだ。

 ユゥバ子爵には、クルムの要請を断るという選択は残されていなかった。

 

「……ここは私室です、せめて整った部屋へ」

「いいえ、お気になさらず。急いでおりますので、是非こちらでお話させてください」

 

 移動をしている間に余計なことをされてはたまらない。

 クルムは子爵の申し出を断って、この部屋での対談を望む。

 子爵は少しばかり迷ってから、ため息を吐いて扉から手を離し、部屋へ入るための道を開いた。

 

 未だにフルートが王女に手を出したという最悪の可能性を否定できていない子爵は、どうしたって立場が弱い。そうでなくとも状況は最悪だというのに、その後ろめたさが余計に子爵の気持ちを弱くさせていた。

 

「立ち話になってしまいますが」

「構いません」

 

 ぞろぞろと子爵の私室へ入った一行は、正面からユゥバ親子と向き合うことになる。子爵の言った通り部屋には簡易なデスクとベッド等が置いてあり、私室としては十分だが、人を招くには色々と足りないものばかりだ。

 先ほどまで眠っていたのだろう。

 子爵のベッドにはその痕跡が残っており、この訪問が正に不意打ちであったことをまざまざと物語っていた。

 

 子爵は自分から話を切り出さない。

 藪をつついて蛇を出す様な真似をするわけにはいかないと、黙りこくってクルムたちが喋り出すのを待つ。

 

「……さて、ユゥバ子爵様にお話があります。難しいことではありません。実はつい先日まで私は王都を離れていたのですが、その帰り道に暗殺者に襲われることがありました。おそらく王国の何者かによるものだ、というところまで推測がついているのですが……、その心当たりを教えていただきたいのです」

 

 ユゥバ子爵はどきりとした。

 咄嗟に、同じ派閥に所属するバッハ侯爵の顔が頭に浮かんできたのだ。

 クルム王女と言えば、最近王位継承権争いに名乗りを上げており、それを疎ましく思うような話が、最近の会合で飛び交っていた。子爵と同じような立場の者が、クルム王女の手の者によって、酷く名誉を汚されたという話をしていたのだ。

 

 結論から言えばその会合は、バッハ侯爵の言葉によって締めくくられた。

 

 『皆の無念は、私が晴らしてみせましょう。なに……、造作もないことだ』

 

 自信満々なバッハ侯爵に、一部の者は盛り上がっていたが、真面目な男であるユゥバ子爵他、プライドの特に高い旧貴族派の一部は眉をひそめていた。彼らはプライドが高いながらも、今の王宮の勢力差をある程度しっかりと把握していたし、暗殺という手段を手札の一つとするバッハ侯爵家に対する隔意を持っているからだ。

 一言に派閥と言っても、内部では争っていたりするので面倒くさい。

 

「……どうして私の下に」

 

 それはともかく、今わからないことは、王女二人が息子であるフルートを連れてやって来たことだ。この質問と、馬鹿な一人息子にいったいどんな関係性があるのか。

 いったい王女たちの口からどんな真実が飛び出してくるのか。

 それが今の子爵には最も気になるところであった。

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