転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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何でも親子

「あなたがケルンお兄様の後援者であることは当たりがついています。そして堅実な仕事ぶりをされていることも知っています」

「評価は大変ありがたく……」

 

 その話ではなく、と言いたげなユゥバ子爵の言葉を遮って、クルムはさらに続ける。

 

「そして、誇り高い王都貴族であるケルンお兄様の後援者の方々は、対抗勢力に暗殺者を送る様な汚い真似を許容されるはずがないだろう、と、やって来たわけですが……」

 

 そこでクルムは内心を見通そうとでもするかのように、じっとユゥバ子爵の目を見つめる。年若い少女に見つめられただけだというのに、ユゥバ子爵は目を逸らしてきた自らの様々な罪や悪事を心中に巡らせる。

 王都一の女優であったクルムの母は、見る者の心を射抜くと言われるその視線で有名であったが、クルムは見事にその性質を受け継いでいるようであった。

 

「子爵様の知りたいことは、なぜフルート殿を連れてこんな夜更けにやって来たか、ですね? 知りたいですか? 本当に? 聞けば後悔するかもしれませんが?」

 

 これはあくまで交渉の一部だ。

 クルムは強く、怒りを交えてユゥバ子爵に詰め寄るように言葉を重ねる。

 実際クルムは、フルートが少女を騙して食い物にしていたことに対しては憤りを感じているし、ちょっとその感情を強くして喋っているだけだ。

 より強い立場から良い条件を引き出すためには、相手に勝手に勘違いさせて思考を縛るのは常套手段である。

 

「それは……」

 

 クルムやファンファのまとう娼婦のような格好と、息子の怯えよう。

 そしてこんな夜更けに常識もわきまえずに乗り込んできた、二人の王女。

 そこから導き出される最悪の答えは、息子が二人に手を出して、そこを護衛に救出された、である。

 年端も行かぬ少女であるクルムが、これだけ怒りをあらわにしているのだ。

 しかも元々はおっとりとしたあまり政争に参加しそうにもない、と噂されていたクルムがである。

 

 子爵はフルートの悪癖を知っている。

 知ったうえで叱責し、捨てられた少女にはいくらかの金子を与え、自領へと向かわせて雇用をするようにしている。花街で働くことと、フルート子爵領の屋敷で働くこと、どちらが幸福かは定かでないが、一応は尻ぬぐいをしてきたつもりだ。

 

 だが万が一最悪の事態なのだとすれば、今回は責任が取れない。

 クルムやファンファの勢力が生き残ることはなかったとしても、女性の王族は婚姻関係のカードとして非常に重要だ。

 あとで醜聞が漏れようものなら、子爵家など瞬く間に取り潰しになるだろう。

 

 そもそもこんな状況になったことが、もう最悪なのだ。

 子爵家の息子と、王女二人が夜更けに出歩き、挙句子爵家に乗り込む。

 どんなに秘密を守ろうとしても人の口に戸は立てられない。どこかからは秘密は漏れ、息子の醜聞ではないにせよ、妙な噂が流れることになるだろう。

 

 例えば、ユゥバ子爵家は、クルム陣営に鞍替えした、とか。

 そうなれば王都にユゥバ子爵家の居場所はない。

 

 まさかこんな手段をとってくる王位継承者がいるとは予想外だった。

 他勢力の貴族の私邸に、僅かな護衛を連れて乗り込んでくるなど、命知らずとしか言いようがない。離れ業にもほどがあった。女性の王位継承者候補がこれまでほとんどいなかったことから、まさかこんな手段がとる者がいるとは、だれも予想をしていなかったのである。

 ハニートラップもいいところだ。

 

 つまりとことん今後を深読みしていくのであれば、ユゥバ子爵がいま求められているのは、ただの情報提供ではない。陣営を鞍替えするかどうかである。

 

 寝起きで回らなかった頭が冴えてくればくるほど、ユゥバ子爵は現状の危うさを認識する。代々続いてきた貴族たちの関係はそれなりに強固なものだったが、ここ数十年では王都の旧貴族の力も衰えてきている。

 次代が再び王都貴族の手に戻らないようであれば、真面目に働いているユゥバ子爵家のような家柄でも、地方へ追い出される可能性はあるだろう。それだけ、先代当代を後援している貴族勢力の勢いは強く、地盤も整ってきている。

 結局駄目になるなら、これを良い転機とするしかないのではないか。

 そんな風に無理やり自分の気持ちを前向きに持っていきながら、ユゥバ子爵はついに決意をしてクルムの前で膝をついて首を垂れた。

 

「ひ、日ごろの仕事を王女殿下に評価していただけるとは光栄の至り。……確かに暗殺などという手段をとる輩は、共に歩む仲間としては下の下。こうして御身を見せてまでそれを気づかせてくださった王女殿下の在りように、このオレット=ユゥバは感服いたしました。及ばずながら、以降は王女殿下の手足となり働かせていただきたく存じますが、いかがでしょうか?」

「…………あなたの御子息である、フルート殿は」

「バッハ侯爵です! 一時はすっかり静かになっていたというのに、近頃また大きな顔をし出して、私どもも腹を据えかねていたのです。まさかこれほど聡明たる王女殿下に向かって弓を引くとは……! しかも暗殺とは卑怯千万! この件が片付けば、私も(ともがら)に声をかけ、非力ながら王女殿下がいかに未来の君主足りえるかを広めて参りましょう。何でもご命令ください! 身を粉にして働いて見せましょうぞ!」

 

 クルムは優しく微笑んで首をかしげながら問い返す。

 

「何でも、ですか?」

 

 それを聞いたとき、これから先、馬車馬のごとく使われる未来を想像して、ユゥバ子爵は引きつった表情をしてみせる。どこかで何とか取り入って、などと考えていたが、クルムがそんな甘い少女ではないことを、本能的な何かで察してしまったのだ。

 その表情は、はめられて絶望している時のフルートによく似ていた。

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