転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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バッハ侯爵の使命のようなもの

 調査によってユゥバ子爵の周囲に、妙な人物が出入りしていることが分かった。

 それがどうやら、まさに先日暗殺に失敗したばかりのクルムであることを知ったバッハ侯爵は、逆にユゥバ子爵からの申し出を素直に受け入れることにした。

 

 その代わりに、秘密の会談をする場所を自分の方から提案。

 人目のつかない王都外の森にある小屋まで、ユゥバ子爵自ら足を運ぶように申し入れた。

 暗殺者をたくさん抱えているバッハ侯爵に、郊外の森で会おうなんて言われれば、普通は怯えて断るものだ。

 ただし今回の場合は、子爵から申し込んできた話だ。

 そこではない場所にという提案はしづらい。

 

 案の定、ユゥバ子爵はバッハ侯爵の提案を受け入れた。

 ユゥバ子爵も馬鹿ではないから、危険は重々承知のはずだ。

 承知のうえで来ると決めたのであれば、本当にバッハ侯爵とどうしても話をしなければならない事情があるということである。

 

 例えば、何かがあってクルム陣営に脅されているとか。

 あるいは、既にクルム陣営の方についており、バッハ侯爵をはめようとしているとか、だ。

 

 秘密裏の会合なので目立たぬように、との話はしてある。

 最低限の護衛はついているはずだが、バッハ侯爵はそれをどうとでもできるだけの自信があった。たかが数人、事故ということにして処理してしまうのはそう難しいことではない。

 ユゥバ子爵亡き後は、ついでに真面目一辺倒の旧貴族派の面々に、その始末を匂わせたってかまわない。そうすれば派閥の中でも逆らうようなものは随分と減ることだろう。

 

 ついでにユゥバ子爵に近付いていたクルム陣営の牽制もできる。

 大人しくなればよし、ならなくても動きを制限することくらいはできるだろう。

 こそこそと動き回るくらいなのだから損はない。

 クルムに暗殺者を送ったのも、元はと言えば今の暗殺部隊の練度を確かめるためと、派閥内での発言権を強めるためだ。前者の目的は、別に他の場所で試したってかまわないし、後者の目的は、ユゥバ子爵を始末した時点である程度達成できる。

 

 とにかく、王位継承権争いが始まってから、既に十年以上が過ぎている。

 第一子であるヘグニ王子の陣営はなかなか強力だ。

 あの陣営が勝利してしまえば、三代続けて田舎出身のオブラ侯爵家が、ハルシ王国の貴族界を支配することとなる。いくら田舎出身の貴族と言えども、三代も続けばその地位は盤石のものとなる。

 当代の時点でさえも、旧貴族派は押され気味で、オブラ侯爵家派閥の者ばかりが重用され、力を持っているのだ。

 

 今の王位継承権争いで権力を奪い返さない限り、ハルシ王国は、実質オブラ侯爵家のものとなってもおかしくないと、バッハ侯爵は考えている。そうなれば今までは見逃されてきた旧貴族派閥の者も、続々と失脚していくことになるだろう。

 バッハ侯爵家は前回の王位継承権争いの際に、力を完全に失っており、影が薄かったこともあってお家取り潰しを免れたが、実はその際にもかなりの数の有力な貴族が家を取り潰されている。

 

 ユゥバ子爵など、堅実に仕事をして生き残ろうとしている者もいるようだが、バッハ侯爵はそうもいかない。ほんの数十年前までは、バッハ侯爵の顔を見ることすらできなかったようなものが、今では王宮で偉そうな顔をして闊歩しているのだ。

 この風潮が加速すれば、近いうちに旧貴族派の地位の全ては、オブラ侯爵家周りの者に奪われていることだろう。

 

 それを防ぐためにも多少の犠牲は仕方がない。

 バッハ侯爵は、一応ユゥバ子爵の話を聞くつもりでいたが、よほどの内容でない限り、生かして家に帰すつもりはない。

 

 そんな二人の会談の日。

 

 ユゥバ子爵は僅かな手勢を連れて森を歩いていた。

 先に森の小屋で待っていたバッハ侯爵は、その様子をあらかじめ森中にばらまいた自分の手の者に報告をさせている。

 ユゥバ子爵と、顔までフードとローブで隠した三人。

 背の高いものが一人と、低いものが二人。

 歩き方からして、二人は女性。

 

 それを聞いてバッハ侯爵はすぐにピンときた。

 

 ユゥバ子爵が連れているのは、先日密会していたらしい、クルム王女たちだ、と。

 この場合、背の高いものはやはり護衛だろう。

 得てきた情報からすれば、それがグレイ=フォン=アルムガルドである可能性は高い。

 

 王女が二人に、アルムガルド。

 これはもうよほどの自信過剰馬鹿か、完全に舐められているかのどちらかだ。

 脳裏に一瞬父親の『アルムガルド家に手を出すな』という言葉がよぎったが、バッハ侯爵はそれを無理やり振り払った。自分は父親とは違う。自分は父親と同じような失敗はしない。

 バッハ侯爵家と、旧貴族派閥の未来を切り開かなければならない。

 オブラ侯爵家から、王国を正常な形に取り戻す。

 それらはどこか、自己陶酔的な使命感ですらあった。

 

 自らも小屋の中に三人の精鋭を待機させて、バッハ侯爵は一行の到着を待つ。

 座っている場所のすぐ横には小屋から抜け出すための隠し扉も用意されており、外には無数の暗殺者を配備している。

 

 護衛一人くらい殺せぬはずがない。

 そのはずなのに、小屋に到着し、最後に入ってきた背の高い老人を見た瞬間、バッハ侯爵は猛烈な嫌な予感に腰を浮かしかけた。

 もともとは暗殺者を自在に操っていたような家柄だ。

 もしかしたら本能的な何かが、あるいは偉大な先祖の亡霊が、バッハ侯爵に危険を訴えたのかもしれない。

 

 しかし、バッハ侯爵はそれを無理やり押さえつけて席に座り続けた。

 力がなかったゆえに前回の王位継承権争いにまともに参加していなかったバッハ侯爵は、現場の本当の恐ろしさを理解していない。

 当然、戦場で生き残るのが最も臆病な者であることなど、知る由もなかった。

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