「連れているのは護衛だろうか?」
「ええ、その通りです」
ユゥバ子爵の表情は硬かったが、その返答はよどみなかった。
目元まで隠れているが、それらが王女であることをバッハ侯爵は知っている。
バッハ侯爵は、いけしゃあしゃあとよくそんなことが言えたものだと、内心でユゥバ子爵を罵倒した。
「それで、話というのは?」
「それは……、他でもありません。先日の会合で、クルム王女殿下のことを任せてほしい、というようなことを仰っておりましたが、実際には何をされたのかを確認に参りました」
「……そのようなくだらない話のために、私を呼び出したのか」
バッハ侯爵ももはや、ユゥバ子爵が何か企みをもってこの場に臨んでいることは看破している。そしてバッハ侯爵は、もしそうだったとしても、この場を力ずくで何とかできると確信し、余裕を持っていた。
「くだらなくはありません。私は旧貴族派閥の一人として、そのような卑怯な行いは……」
「ユゥバ子爵」
バッハ侯爵は、クルムの前だからといって、くだらない建前のようなものを語り始めたユゥバ子爵の言葉を、くだらないと思って名前を呼んで遮った。
「本題に入ってはどうかな」
「ですから、今まさにその話を……」
「私の目を節穴だとでも思っているのか? さぁ、これは一体どういうことですか、クルム王女殿下。それに、ファンファ王女殿下も」
バッハ侯爵は、もはやユゥバ子爵を見ていなかった。
後ろに立っている二人の王女に向けて、鋭い視線を飛ばしている。
「こんな森の小さな小屋では、ろくな歓待もできませんな」
「も、申し訳ございません……」
バッハ侯爵がクルムたちに向けて話しかけると、ユゥバ子爵が立ち上がって王女たちに謝罪する。
「……御明察ですね」
そこでフードを取った二人は、ほとんど同時に椅子に腰かけた。
バッハ侯爵は、答えたのがクルムであったことから、二人の力関係がクルムの方が上であることを察する。
「何の御用でこんな真似を?」
「既に用件はお話しいたしました」
「はて、何の話やら」
とぼけるバッハ侯爵に向けて、クルムは目をまっすぐに見つめながら、口元だけでにっこりと笑う。
「……先日の襲撃はあなたの手によるものですか、と尋ねたはずですが?」
「はて、襲撃とは? 生憎仕事で忙しく、そんなことがあったとは知りませんでした。 殿下はのんびりと王宮でお過ごしと伺っておりましたが、一体どちらで襲撃に遭ったというのですか。王族に手を出すとはけしからんものもおりますな」
のんびりと王宮で過ごしている、というのは『お前が王位継承権争いに参加したことすら知らなかった』、という意味の強烈な嫌味だ。
「ご存じありませんか。ご自身の手の者が何をしているか、把握していらっしゃらないということでしょうか?」
クルムは当然その意図を察したが、顔色一つ変えなかった。
それどころか『お前は無能なのか?』という意味の、非常にわかりやすい悪口で返した。
ピクリと目尻をひきつらせたのはバッハ侯爵だ。
そして、生意気な小娘を、予定通り今ここで始末することに決める。
「おっしゃっている意味が分かりませんな。さて、話がそれだけのようでしたらもう終わりとしましょう。王女殿下ともあろうお方が、こんな場所に長居は無用ですぞ。まして直近で襲撃を受けているとならばなおさらです。ユゥバ子爵と王女殿下がお二人となると、護衛は後ろの御老体一人きり。帰りの護衛は必要ならば私の方で手配いたしょうか?」
王族に向かってもう用はないと自分から話を切り上げるなど、無礼千万な物言いだった。ただ、クルムはうっすらと笑ったまま立ち上がり、静かにバッハ侯爵に答える。
「いいえ? 私はこの方のことを百人の猛者よりも信用しておりますので。先日の襲撃からも守ってもらいました。そうですよね、先生」
話を振られたグレイは、歯を見せてにっかりと笑った。
「そうじゃのう。じゃがしかしクルムよ、あんな弱くか細く触れただけで死んでしまい、挙句蜘蛛の子のように逃げ回る暗殺者を見るのは生まれて初めてじゃった。もしかすると、お主一人でも撃退できたかもしれんのう。ま、よほど世を知らぬ大間抜けの下で育ったんじゃろう。暗殺者、というより、暗殺者ごっこ遊びじゃな」
老人にしてはしっかりと全てそろっている歯が、小屋の中の灯りに反射してきらりと光る。目元は僅かにしか見えないが、その視線は明らかに馬鹿にするように歪み、バッハ侯爵に向けられていた。
ここぞとばかりに挑発をいれたグレイは、またピクリとバッハ侯爵の眼尻が引き攣ったのを見てさらに続ける。
「いやぁ、あれがかの有名なバッハ侯爵の手のものでなくてよかったわい。あんなのが大貴族の手のものだとしたら、一国民としてこの国の将来も不安になるからのう、ほっほ」
こんな国潰れてしまえと思っている癖に、他人を煽るためならば平気で『国民として』と抜かすグレイは、本当に芯から糞爺である。
「さぁて、また暗殺者ごっこが襲ってきては、それらしく相手をしてやるのも面倒じゃし、さっさと帰るとするかのう」
「……頼りになる護衛のようですな」
バッハ侯爵が何とか絞り出した言葉を無視して、グレイは乱暴にどかっと小屋のドアを蹴り開けてそのまま外へ出ていく。
合図をしたら好きなだけ煽っていいと許可を出したクルムも、あまりの品のなさに若干引いていたが、この場では注意もせずに黙ってその後に続いた。
クルムたちが十分離れて、見えなくなったところで、バッハ侯爵を握っていた拳をわなわなと震わせて小屋の壁を殴りつける。
「……殺せ……、全員殺せ! 絶対に生かして帰すな! 特にあの爺は念入りにいたぶって殺せ!!」
「はっ」
鋭い返事と共に、部屋で待機していたバッハ侯爵の護衛の姿が消える。
うっそうとした森の中で、人間狩りが始まろうとしていた。