転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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人か魔物かグレイか

「さて、そろそろかのう」

 

 グレイがそう言って立ち止まったのは、何の変哲もない木の傍らであった。

 クルムやファンファは黙ってその場に立ち止まり、グレイの動向を見守る。

 不安に瞳を揺らしているのはユゥバ子爵ただ一人だ。

 

 音もなく頭上から降ってきた影を見たユゥバ子爵は、「あっ」と声を上げたが、その瞬間にはグレイの体がぶれていた。

 攻撃を避け、直後降ってきた影の腕をつかんだグレイは、その体を地面に引きずりながらクルムたちがたたずんでいる方へ放り投げる。クルムは言われた通りその場から一切動かず、ファンファは「きゃっ」と小さな声を上げ、ユゥバ子爵は訳の分からぬ状況に目をぎゅっと閉じて「うわぁっ」と声を上げながらしゃがみこんでしまった。

 手裏剣のように体を回転させながら飛んでいった人影は、三人に襲い掛かろうとしていた暗殺者を二人巻き込み、吹き飛んでいく。

 

 直後グレイを挟み込むようにして二人の暗殺者が襲い掛かってくる。

 どちらもリーチがそれほど長くない武器を使っていたため、グレイは片方の暗殺者の胸板に向けてミドルキックを放つ。

 大きな足の裏をみぞおちに食らった暗殺者は、いやな音を立てて血を吐きながら吹き飛んだ。直後、もう片方の暗殺者の動きが加速し、グレイの脇腹に刃が突き立てられるが、それはローブを破ることすらできずに止まってしまった。

 驚く間もなく、その暗殺者の側頭部をグレイの裏拳が打ち抜く。

 ごっ、と鈍い音がしてその場に暗殺者が倒れたところで、クルムたちの方へと、三人の暗殺者が殺到する。先にこちらから始末と判断をしたのだろう。

 

 しかしグレイが口の中で短い呪文を呟き、地面をドンと踏み鳴らした瞬間、地面から岩が突き出して暗殺者全員の顎を正確に打ち抜いた。

 

 ここで暗殺者の襲撃がぴたりと止んだ。

 グレイは眼球だけをぎょろりぎょろりと動かし、周囲の様子を観察。

 またも口の中で何かを呟いたかと思うと、身体をひねって腕を後方へと振りかぶった。そうして十分に力をため、木々が密集している方へ向けて手の中に収まっていた無数の小石を投げつける。

 

 木の上の方に向かって飛んでいったそれらは、散弾のように陰に隠れていた暗殺者たちの体に突き刺さり、彼らを地面に落下させた。

 

「……さぁて、これはどうしたことじゃ! これは戻ってバッハ侯爵とやらにも、暗殺者ごっこをしている連中が山ほど潜んでいることを伝えてやらねばならんのぅ。それが親切というものじゃろう、クルムよ」

「……そうですね。戻りましょうか」

 

 グレイはずんずんと小屋に向けて戻っていく。

 近付く者をまさに鎧袖一触でねじ伏せながら、普通に歩くのと変わらぬ速度で森の小屋に向けて戻っていく。

 

 グレイにとって、来るとわかっている暗殺者を相手にすることなど朝飯前のことだった。世界でもトップクラスの魔物と平気で殴り合うグレイが、たかがなよなよしい貴族をこそこそと殺すために育てられた暗殺者に、正面から戦って負けるわけがない。

 

 一流の暗殺者というのは、強いか弱いかもわからぬうちに、対象の命を奪うものだ。力を誇示するように扱っている時点で、二流三流もいいところである。

 そんなに強さを見せつけたいのならば、はじめから暗殺など学ばず、グレイのように真正面からの殴り合いと魔法の打ち合いをもっと鍛えるべきだった。

 もっともそれは、バッハ家の伝統とはずれるやり方であるし、そのノウハウも有していなかったけれど。

 

 バッハ侯爵のお抱え暗殺者たちは、襲撃の一つ目で自分たちに勝ち目がないことを悟る。逃げ帰って来た者たちの報告は正しかったのだ。

 もしかしたらそのようなこともあるかもしれないとは考えていたが、暗殺者たちはそれを認めるわけにはいかなかった。彼らはバッハ侯爵によって拾い集められ、盲目的に従うように育てられた者たちだ。

 意見を言うのは仕事ではないし、バッハ侯爵の指示を違えた時点で死ぬべきと考えている。

 報告を持ってきた者たちも、殺さなくたって初めから死を選ぶつもりだった。

 彼らにとってはそれが当たり前のことなのだから。

 

 ただ、今この瞬間情報を持ち帰る必要はあった。

 判断をするのはバッハ侯爵であり、暗殺者たちの仕事ではない。

 人員を大量投入して時間を稼ぎながら、先回りした暗殺者が、バッハ侯爵の待つ小屋に駆け込む。

 

「やったか?」

「いえ、グレイという老人が、手の物を撃退しながら、王女たちを引き連れて小屋へ戻ってきております」

 

 バッハ侯爵の表情が歪む。

 心臓が早鐘を打ち、最初に感じた猛烈な嫌な予感の正体を察する。

 しかしそれはどうしても認めるわけにはいかなかった。

 

 バッハ侯爵家の没落原因を作ったアルムガルド家に、また負け、逃げて静かに暮らすことなど許せなかった。そのために自分で育てた暗殺者たちには、暗殺技術のみならず、正面からの戦闘も存分に鍛えさせてある。

 ここで負ければバッハ侯爵のこれまでは全て水の泡となり、蔑んでいた父親の言葉こそが真実であることを認めることになる。

 

「……殺せ。全てを投入してでも殺せ。なりふり構うな」

「はっ、しかしそれでも奴がここまでやってくる可能性はあります」

「私に逃げろと?」

「いえ、可能性をお伝えしたまでです」

 

 バッハ侯爵は握った拳を震わせ、報告に来た暗殺者の頬に向かって振り下ろす。

 暗殺者は僅かに首を動かしてそれを受けたが、怒りも憎しみもその瞳に宿さずに、口の端から血を流しながらバッハ侯爵を見上げた。

 

「……私は逃げない。殺せ。私の人生はお前らとともにある。お前らこそ私の人生の要だ。逃げて生き延びるような恥は選ばん」

「……はっ」

 

 暗殺者は一言了承の意だけを告げ小屋を去った。

 バッハ侯爵は目を血走らせ、息を荒くしながらも、元々座っていた場所まで戻りどっかりと腰を下ろし、拳をテーブルに叩きつけた。

 

「……アルムガルドが……、父上のような惨めな死に方をしてなるものか……」

 

 それは歪んだ誇りと意地であったが、怒りと共に漏らされたバッハ侯爵の本音は、バッハ侯爵に絶対の忠誠を誓っている暗殺者たちの心に、にわかに火を灯すことになるのであった。

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