襲ってくる暗殺者の全てが、グレイを狙うようになった。
味方を犠牲にして確実に攻撃を通すように狙ってみたり、囮を多用するようになったりと、殺意が最初より増していることをグレイは肌で感じ取る。
「ふむ、覚悟だけは良いのう」
それでもグレイの卓越した技能と、素の身体能力に加えて、魔法による身体強化が合わさると、撃退自体は難しいことではない。むしろ先ほどまでの、グレイ以外も狙ってくる動きの時の方が、面倒くさかったくらいだ。
今の暗殺者たちは、集団を一つの個としてとらえて襲い掛かってくる魔物のようでもあった。
だがそれがグレイには少しばかり気持ちが良い。
まるで力比べを求められているような気分でもあった。
だからといって、遊びを入れることなどないのだが。
殺し合いに遠慮も手加減も不要。
確実にひとりひとり戦闘不能にしていく。
意識を奪ったものも、その場で放置はせず、足の一本くらいへし折っておけばその先の戦いに復帰はできない。
本当はまとめて殺してしまうのが手っ取り早いところを、こうして皆を生かして進んでいるのは、クルムからお願いをされているからだ。
クルムにもクルムなりの計画があるらしい。
詳細を聞きはしなかったが、殺さなかったことによって被害が及ぶのはクルム周りだ。確認したうえでなお、そうするようにお願いをされたので、グレイは面倒ではあるけれど、暗殺者たちを皆戦闘不能状態にしている。
しかしこれだけボコボコにしているというのに、未だ撤退せずにかかってくるということは、きっとバッハ侯爵はもう逃げ出しているのだろうとグレイは考えていた。
貴族なんていうものは、部下を捨て駒にして保身に走るのが得意な連中だ。
グレイに言わせてみれば、糞貴族の糞貴族たるゆえんである。
おそらくバッハ侯爵を逃がすために、暗殺者たちがこうして身を挺して時間を稼いでいるのだろうと思うと、いっそ哀れであった。
そんな憐みの気持ちを込めた右拳が、暗殺者のナイフをへし折り、同情の気持ちを含んだ左手のひらが暗殺者の袖をつかむ。身体強化されたグレイがそのままブンと左腕を振れば、首に衝撃が走った暗殺者の意識が飛び、肩の関節が外れ、迫ってきていた他の暗殺者に激突した。
膝と膝が衝突し、絡まり合うようにして転がっていった二人だが、何とどちらも絶命はしていない。膝の皿は割れてしまって、とても戦闘が続行できる状態ではないが。
グレイはその結末を見送ることすらせずに、右の拳鎚で新手の顎を打ち抜く。そして全身の力が抜けた暗殺者のみぞおちに蹴りを叩きこんであばらを数本砕く。後ろに迫ってきていた二人のうち一人が巻き込まれ、一人が回避。
グレイは回避した方に向けて蹴り上げていた右足を振り下ろし、足の甲を踏み砕く。それでも繰り出された短剣による攻撃は、力が入らずこれもローブを傷付けるにすら至らなかった。
ナイフが突き立てられると同時に体をひねって放たれた肘は、暗殺者のこめかみを打ち抜き、暗殺者の意識を脳からはじき出させた。
先ほどの蹴りに巻き込まれた暗殺者が体の下から這い出たところに走って向かったグレイは、そのまま速度を緩めずに膝を踏み抜いた。泡を吹いて倒れる暗殺者をそのまま置いて、グレイは即座に振り返り周囲を睨みつける。
この辺りに隠れている暗殺者はもういないようだった。
もはやユゥバ子爵は目を合わせることも恐ろしいのか、ずっと俯いて地面に向けて目を泳がせていた。
「さて、次じゃな」
一行が近づいてくるのを待ってグレイが歩き出すと、後ろからファンファがこそこそと喋る声が聞こえてくる。
「ちょっと……、このお爺様ってこんなに強かったの?」
「ニクスさんたちから聞いていませんか?」
「き、聞いてたけど、普通じゃないわよ……?」
「はい、そうですね。てっきり分かっていてついてきたのかと」
「に、ニクスとドーンズが、お爺様といれば心配ないからというから……」
「心配ないでしょう?」
心配はないかもしれないが、一時あれと敵対していたと考えると冷や汗ものである。更にファンファからすれば、そんなグレイを知ったうえで、平然とした顔でコンビを組んでいるクルムにも驚きを隠せない。
グレイはクルムの教育係であるけれど、所詮は他人に過ぎない。
何をどうしてここまでの信頼をしているのかが全く理解できなかった。
少なくともファンファは少し怖かったし、僅かに存在していた、隙があればクルム陣営を離れようという気持ちは、一気にしぼんでしまった。こんな化け物と大事なイケメンコレクションを戦わせるのは二度とごめんだ。
「どうして……そんなに信用できるのかしら? お爺様の素性とか、何か知っているとか……?」
「いいえ?」
「じゃあどうして?」
「お姉様、信頼というのは築いていくものでしょう。初めから信頼していたわけではありません。私の知ってる先生は、意地悪で暴力的で時に短絡的ですが、筋は絶対に通す人です。だから私は先生を信じますし、先生が信じるに値するような者になれるように努力するんです」
その覚悟はファンファにはやはりよく分からなかったが、しかし、妹がしっかりとした強い意志をもってグレイを信頼していることは分かった。
だから、とりあえずこの怖いお爺様のことは全部クルムに丸投げしよう、と決めて問答を切り上げる。ファンファは、大事な決断も人任せにできるくらいの度量の広さを持っていた。
時にただの愚か者と呼ばれる性質かもしれないが、先導するものがいる状態であればそう悪くない性質だ。
二人の会話は普段であれば耳に入らないほどに小声であったが、神経を全方向に研ぎ澄ませている今のグレイの耳には、全てはっきりと聞こえていた。
グレイは時折表情を変えながら二人の話を聞いていたが、最後はふんと鼻で笑い、次の襲撃に備えながら振り返らず歩き続けるのであった。