昨日の夜に1話投げてるから気を付けてね!
クルムも王国の現状に、グレイがなんらかの影響を及ぼしていることはなんとなくわかっている。ただ、バッハ侯爵が認識しているほどに大規模にかかわっているとは思ってもいないけれど。
だからクルムはその問いかけをスルーしつつ更に尋ねる。
「閣下は本当にケルンお兄様の後押しをして、ヘグニお兄様に勝利するおつもりですか?」
こうして別の候補であるクルムと正面からやり合ってしまえば、ケルンの物足りなさを自覚してしまう。そして手塩にかけて育てた暗殺者たちは、クルムに手を貸しているグレイたった一人に勝利することができない。
うまくやったと思っていた。
今の自分の力ならば、ヘグニ王子を押しのけてでもケルンを王位につけることもできるかもしれないと考えていた。
そして今回の件でちょうど、その自信を打ち砕かれたところだ。
もちろんグレイが強すぎる可能性はまだある。
それでも、一度敗北を知ってしまうと、自分の力を信じて突っ走ることは難しい。
勝つための要素を他にも求めたくなってしまう。
バッハ侯爵の目的は、健全な王国のあり方を取り戻すことだ。
何としてもオブラ侯爵家が支援する、ヘグニ王の誕生は避けなければならない。
たまたま扱いやすい駒がケルン王子であっただけだ。
あれならば王になった後も扱いやすいだろうと思っていた部分も確かにある。
「……殿下ではなく、そちらの教育係に一つだけお聞きしたいことがあります」
「先生」
グレイが答えるか答えないかは、クルムの決めることではない。
「……なんじゃ、言うてみよ」
グレイは、バッハ侯爵が想定している糞貴族から少しばかり逸脱していたことへの報酬として、質問の一つくらいならば答えてやることにした。
もちろん、正直に答えるから、その内容がクルムの意図に沿ったものになるかどうかなど知ったことではないが。
「グレイ=フォン=アルムガルド、お前はクルム王女殿下が王位についたとき、アルムガルド家を再興して権力を握るつもりか?」
「はっ」
あまりに馬鹿な質問に、グレイは思わず鼻で笑った。
ただ、バッハ侯爵からすれば、自身、そして王国の命運をかけた質問のつもりだ。
「答えろ」
「……偉そうに儂に命令をするな、ぶち殺すぞ」
バッハ侯爵の質問に対して、暗殺者たちが思わず身を竦めるような殺気が飛んだ。
どうせ生きるか死ぬかの瀬戸際だ。バッハ侯爵はそれでも真正面からグレイを見つめ返していた。
「儂はただのグレイじゃ。権力に興味などあるものか。そんなつまらん話はお前ら糞貴族共で勝手にやっておれ」
「……ではなぜ殿下に手を貸している」
グレイの暴言を飲み込んで、バッハ侯爵は更に尋ねる。
「クルムが直々にやってきて、頭を下げて頼み込んできたからじゃ。儂は王も貴族も嫌いじゃが、こやつのやることはそれなりに面白い。それだけじゃ」
無茶苦茶だった。
しかし、暴力だけで王国の政治全てをひっくり返せそうなグレイが、大人しくクルムの教育係に収まっているのを見ると、あながち嘘ではないようにも思えた。
そこから、バッハ侯爵はクルム派閥が王位継承争いに勝った未来を想像してみる。
グレイがうまく王位継承争いをかき回し、万が一クルムの才能が花開いて玉座についてしまったとき、それを支える貴族がいない。
グレイは言葉の通り好き勝手やっているだけであろうし、そもそもこの野蛮な老人が、細かな配慮を必要とする政治に向いているとは思えない。
となると、どこかで適当に取り入った貴族が、またも王宮で大きな顔をすることになるだろう。
それは、良くない。
それのせいで、ここ数十年、王国のバランスは崩れ続けてきたのだ。
それならばいっそクルムの陣営に入って、野蛮なアルムガルドの牽制をする。
実現できるかはともかく、バッハ侯爵が妄想した未来はそう悪いものではなかった。もちろん、大幅な方針転換は求められるだろうが、当初の目的は達成できる可能性が高い。
そうして自分たちについてきた旧貴族派閥を再度まとめ上げ、ある程度クルムをなだめすかしつつ、再び王国の秩序を取り戻す。
それが今選べる最善の道なのではないかと、グレイに敗れ、年若いクルムと真っ向から交渉をしている今だからこそ思う。
「…………クルム王女殿下。様々なすれ違いはございましたが、これより先、バッハ侯爵家は心を入れ替え、殿下の手となり足となり、その支援をすることを約束いたします。ただし派閥の離脱や取り込みに少々時間をいただくことになります」
「どのくらいかかりますか?」
急な意思表明であったと思う。
だというのに、クルムはあっさりとバッハ侯爵の申し出を受け入れた。
それだけでなく、具体的な今後の話までこの場で詰めようとしている。
よどみなく発せられた質問は、クルムが派閥に取り込み支援を得るところまでではなく、その先のことまで見通していたことを示していた。
「半年ほどいただければ」
「二カ月で終わらせてください。……ユゥバ子爵様もいいですね?」
「はい!?」
突然話を振られたユゥバ子爵は飛び上がるほどに驚いたが、クルムは平然と続ける。
「バッハ侯爵閣下とユゥバ子爵様では付き合いの範疇が異なると推測しておりましたが、何か違いましたか?」
「いえ、その通りです。しかし二カ月ですか」
バッハ侯爵が渋ると、クルムは目を細めて言い放った。
「その代わり必要とあらば私もいつでも協力します。ぎりぎりまで態度を保留したがるような方々は、今回無理に引き入れる必要はありません」
「大々的に動けば、他派閥にも殿下の動きが知れ渡りますが」
「構いません。……どちらにせよそろそろ上のお兄様方には知られている頃でしょうから」
打てば響くような返答。
ケルン王子との間にはなかったやり取り。
派閥替えを決めたばかりだというのに、バッハ侯爵はすでにある種の気持ちよさすら感じ始めてしまっていた。