その人影は妙に膨れ上がっているように見えた。
どこまでが脂肪でどこまでが筋肉なのかわからないが、とにかく膨れているという印象が強い。
前の三人も後ろの三人も、何の躊躇もなく近づいてくる。
どこの手の者かわからないが、まるでふらりと散歩をするかのような歩き方だ。
「邪魔じゃ、隠れとれ」
「任せる」
グレイの一言で、スペルティアはどん詰まりの路地に体を滑り込ませる。
グレイが負ければ逃げられる場所はないが、負けるなどとはみじんも思っていないので問題はない。
「何じゃお主ら」
距離が近くなると、その男たちがへらへらと笑っているということが分かる。
グレイの問いかけにも反応しないところを見ると、相当に泥酔しているか、妙な薬でもやっているのだろう。瞳はグレイのことを捉えているはずなのに、何か全然別のことを考えているようにも見える。
何をしてくるかわからない相手に、はじめから接近戦をするのも馬鹿らしい。
グレイはぼそぼそと呪文を唱え自らの身体を強化すると、ほぼ同時に手のひらの中に生み出した小石を、前方から来た三人組に力いっぱい投げつけた。
三人は回避しようとする仕草すらせずに、真正面から攻撃を受けた。
小石が皮膚を破り、体中に、顔にすらめり込み、血をにじませる。
しかし迫って来る三人は、生理的な涙を流しながらも、そのままへらへらと笑って近づいてくる。
「気っ持ち悪いのう、まるでアンデッドじゃ!」
「……おそらく何らかの薬。痛覚はなく、操られている」
「生きておれば何とかできるのか?」
「痛みに対してまるで操りが解ける様子がない。ここまで強力だと、もはや元の人格はないと考えるべき」
魔法にも医療にも薬にも詳しいスペルティアが断言するのだから、グレイはそれ以上問答は無用と考えた。
両腕に更なる身体強化の魔法をかけたグレイは、身体を低くして正面から近づいてくる三人組に向けて右半身を向けて構える。
右手の指をまっすぐに伸ばし左腰辺りに持っていくと、それを左手でしっかりと押さえこむ。
さながら居合の構えだ。
「しっ!」
息を鋭く吐いて左手を滑りながら放たれた一撃は、空を切り、そして何か鋭い風のようなものを飛ばした。
何も気にせず歩いてきていた三人組が、さらに数歩進んだあと、よろりと体を傾かせ、その場ばたりと倒れる。ごろり、と頭が三つ転がるのを見守ることなく、グレイは後方から迫ってきている三人組の方へと走りだしていた。
こちらも目や表情は同じ。
酔っぱらって機嫌がよくなりすぎた人、みたいな顔で笑いながら近づいてくる。
駆け寄ったグレイは、まず一番近くにいた真ん中の男の顔面に一撃。
首の骨をへし折るつもりで放った拳であり、それは確かに成された。
だが、男は首が折れてなお、グレイの腕につかみかからんと両手を動かしてきた。
ぐっと腕にかかった瞬間に、腕を握りつぶさんと力が籠められるが、強化をしているグレイの腕を握り潰すことはできない。それどころか、男の方の指がボキボキと悲鳴を上げていた。
首を落とさねば駄目か、と、即座に拳を破裂させれば、男の頭が衝撃で吹き飛ぶ。
そこでようやく男の体から力が抜けたのを確認。
左右から掴みかかってきた二人の攻撃を体を沈めて躱し、伸び上がると同時に双方の顎に拳を叩き込み、しっかりと胴体と頭部を分断してやった。
グレイは始末がつくとすぐに、あたりの様子をもう一度探ってみるが、他に人の気配はないようだ。とすれば、あらかじめグレイたちを襲うように仕組んで、この場所に配置をしていたということになる。どこから情報を仕入れたのかわからないが、動きが筒抜けになっていたのだろう。
「しかし……、やはり怪力じゃったか。…………ウェスカをさらった男もやけにしぶとかったが、似たような輩か?」
グレイはぶつくさ言いながら歩いてスペルティアの元へ戻りつつ、腕についた指の跡を確認する。痛みもないし怪我というほどの怪我でもないが、皮膚にはしっかりと跡が残っていた。
「見せる」
「いらん、金をとるんじゃろう」
「いいから見せる」
グレイが渋々腕を差し出すと、スペルティアはちらりと患部を見て、何か呪文を呟きながら指先でするりと表面を撫でた。
たったそれだけで皮膚に残っていたはずの跡が消えてなくなる。
「金は払わんぞ」
「つけておく」
「払わん」
くだらない言い争いをしながら、何事もなかったかのように歩き出す二人。
状況を隠ぺいするつもりすらまるでない。
ただ、首の落ちた三つの死体の横を通る時、スペルティアは足をぴたりと止めた。
「どうした、埋葬でもしてやるのか?」
「…………目、まだ動いてる」
既に首が落ちてから一分以上は経ったはずだ。
だというのに、地面に転がった頭部の目が、笑っているように歪みながら、スペルティアとグレイのことを交互に見ていた。
その動作はだんだんと緩慢になっていき、やがてぴたりと動かなくなったが、酷く不気味な光景であったことには違いなかった。
「…………王族だか、貴族だか知らんが……、けったくそ悪い真似をしている奴がいるようじゃな」
グレイは一度盛大に舌打ちをしたが、その後は振り返りもせず、バッハ侯爵邸へと早足で向かうのであった。