「全員治したらその分金を支払う?」
「もちろんです」
「絶対?」
「はい」
「すごく高い」
「…………どのくらいになるのですか」
何度も脅すように確認してくるので、聞いてほしいのかと思って問い返したバッハ侯爵。しかしスペルティアは変わらぬ表情のまま、やれやれと言わんばかりに首をゆっくりと横に振った。
「値段を気にするのか。貴族が」
「…………いくらであろうと払うので、治療を始めていただきたい」
「よろしい」
もしかしてスペルティアに世話になったものが、その内容を語りたがらない理由はここにあるのではないだろうかとバッハ侯爵は思う。
世界的に敬われるべき存在であるエルフの王族と会話した結果、糞鬱陶しい守銭奴だったと、仲間内にでも言うわけにいかなかったのだろう。
「こいつむかつくじゃろ」
「…………いや」
そこへグレイが普通に指差してスペルティアの批判をしてくる。
思わず同意したくなるところを、バッハ侯爵は何とか堪えて否定した。
「むかつくならむかつくとはっきり伝えたほうがいいぞ」
「……スペルティア様にそのようなことは」
「皆がそう甘やかすからいかんのじゃ。一発頭をしばいてやれ、ほれ、今が好機じゃ」
「遠慮しておく」
しゃがみこんで治癒魔法を使っているスペルティアの頭は、確かに丁度良い位置にある。その横顔は先ほどとさして変わっていないように見えるのに、真剣に、集中して治癒にあたっているのが一目でわかるのが不思議だった。
神秘的とも思えるその美しさを前に、「仕方ないのう、どれ儂が代わりに」と腕まくりをしているグレイは、やはり世紀の大野蛮人である。
「やめろ」
もしこの老人がスペルティアの頭部を小突いた場合、間違いなくバッハ侯爵の代わりにやったと言い張るだろう。もうその未来は見えていた。この男のやろうとしていることを否定するのは、正直恐ろしいが、そんなことでこの先やっていけるとも思えない。
バッハ侯爵は堂々とグレイの行動に異を唱えた。
「ほう……」
グレイは腕まくりを終えると、スペルティアの方へは行かず、バッハ侯爵の前まで行ってしかめ面のまま顔を寄せる。
「儂がやってやると言っておるんじゃぞ」
「結構。有難迷惑だ」
「言いおるのう……、糞貴族の癖に」
「あなたも元は貴族だろう。貴族云々以前に、エルフの王族は人の祖だ。どんな性格だろうと敬われるべき存在ではないか」
「なんじゃ、お主もこいつの性格が悪いと言っておるではないか」
揚げ足取りの爺がにやにやと笑った。
バッハ侯爵は目尻をひきつらせながら言い返す。
「言っていない」
「いいや、言った」
「断じて言っていない」
「うるさい。邪魔、どっか行け」
一人の治癒を終えたスペルティアが立ち上がって二人を睨みつける。
お金の話云々はともかく、治すことに関してスペルティアは手を抜くつもりはない。横でごちゃごちゃ騒がれると気が散るのだ。
結構本気で文句を言っていた。
「……仕方ないのう。ほれ、少し離れるぞ」
「いや、私は」
「あいつが邪魔だって言ってるじゃろうが、ほれ」
勝手に歩き出したグレイは、部屋の入り口辺りまで下がっていくと、そのまま壁に寄りかかる。元は貴族であるはずなのに、そんな風来坊のようなしぐさが似合うあたり、バッハ侯爵からすればグレイはやはり野蛮人であった。
バッハ侯爵は仕方なく、人一人分ほど間を空けて、グレイの横に立ち尽くす。
もちろん寄りかかったりはせず、腕を組んでスペルティアの動きを見守っているのだが。
「のう、糞貴族よ」
しばらくすると、禄でもない呼び方で語りかけられる。
返事はしたくなかったが、この場で貴族は自分だけだ。
間違いなく自分に話しかけられていることがはっきりとわかって、バッハ侯爵は仕方なく返事をする。
「私はブラム=フォン=バッハ。糞貴族ではない」
「そんなことはどうでもいい。お主、怪力でなかなか死なぬ化け物人間に心当たりはあるか? ここに来る途中で襲われたんじゃが」
「…………なんだそれは、魔物か? いや、待てよ……。それは何やら体を強くし、痛みを感じなくする薬、みたいなものが街で流行っていると聞いた」
「ほう、出所は」
「分からん。襲撃というのは、薬をやって頭が変になった奴に襲われたということか? それとも、きちんとした襲撃だったのか?」
前者ならば偶然そのやばい薬をやっている奴に出会ってしまっただけだが、後者なら組織だってそれらをまとめている奴がいるという話になる。
「ありゃあ襲撃じゃろ。前後で三人ずつに挟まれた」
「強いのか」
「技術はないが怪力で耐久力がある。あんなの量産されたら、兵士も、お前御自慢の暗殺者も役に立たんぞ」
「どう倒した」
「胴体と首を切り離した。その後もしばらく目がぎょろぎょろと動いていて気味が悪かったのう」
通常では対処が難しい敵ということだ。
毒を体に叩き込んでから撤退か、出血させて時間稼ぎ。
相手にしないのが得策だろう。
万が一戦わなければならないとして、実際はそんな簡単に首をごろりと落とせるような実力者はまれだ。
特に相手が自らの命を顧みずに仕掛けてくる場合、一人ひとり確実に首を落とすなど、相当な実力と精神力が必要となってくる。それが平気でできるような奴らは、兵士や暗殺者ではなく、達人と呼ばれるような者たちだろう。
「そうか……。…………別勢力の襲撃かもしれん。あるいは、クルム殿下が組んでいる勢力と、敵対している勢力からの刺客。なんにせよこちらも気を付けることにする。忠告礼を言おう」
「忠告などしておらんわ。勝手に勘違いして礼など言うでない、糞貴族が」
バッハ侯爵はこの野蛮人が、と思いながらグレイをぎろりと睨みつける。
さぞかし馬鹿にした顔をしているに違いないと思っていたが、その横顔はバッハ侯爵のことなどチラリとも見ておらず、真剣な様子であった。
「じゃがまぁ、忠告してやるのなら……。しばし派手に動くのは控えるんじゃな。やるならば、こ奴らに対策を叩きこんでからにせよ」
「…………そういうわけにもいかん。私は二カ月で成果を出すと約束したのだ」
敵の能力もはっきりしないまま、暗殺者たちに新たなパターンを叩き込むのは難しい。彼らは達人のように臨機応変に動けるわけではなく、決められた動きを集団で確実にこなすスペシャリストなのだ。
正面からの戦いだって、通常の兵士以上にはこなすことができる。
覚悟の差。そして、繰り返し武器を振るってきた練度の差はある。
だからこそバッハ侯爵は先日グレイに挑んだのだから。
しかし失敗した。
暗殺部隊が、一人の強者を正面から撃破することに向いていないことを骨身に叩き込んだのは、グレイ本人である。
「あれだけの覚悟があるものが揃っておるのなら、早ければ数カ月。遅くとも一年程度で、力自慢のうすのろの首くらい、一人で落とせるようになるじゃろう」
それでは間に合わない。
バッハ侯爵家を建て直すには、王国をまともな状態に戻すには、自分が成果を出してクルムに認められる必要がある。
「頑固者め」
グレイがふんっ、と鼻を鳴らして吐き捨てたが、バッハ侯爵へ眉間にしわを寄せたまま、口を真一文字に閉じているだけだった。