転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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爺はつまらないのでこっそり筋トレをした

「郊外で戦闘を交えた交渉の末に敗れ、王女殿下の傘下に加わったと伺っています。父は、クルム王女殿下の才は、ケルン王子殿下のそれをはるかに上回ると高く評価しておりました」

「どのような戦闘が発生し、どのような結果になったかは?」

「……部隊の大半がいる状態で敗れた、とだけ。多数のけが人が出たことまでは把握しております」

「なるほど、そうですか」

 

 全てを話したとはいえ、詳細までは聞いていないようだ。

 これでモーリスがぴんと来ていないのも、少しは理解できる。

 モーリスは、今後最も近くにいることになるであろう貴族の一つである、バッハ侯爵家の嫡男である。

 そんなモーリスに少しでもクルムに対する侮りが見られれば、それはすぐに全体に波及していくことになる。今回の話し合いでモーリスに改善が見られないようであれば、近くには置いておけないし、バッハ侯爵にはそれを伝える必要がある。

 

「正直に、何か他に言っておりませんでしたか?」

 

 クルムのしつこい質問に、モーリスはしばし黙り込む。

 この年端も行かない王女が、何か自分と父であるバッハ侯爵のやり取りについて知っているのではないかと疑ったのだ。

 モーリスがバッハ侯爵から、クルムを尋ねていくよう言われたのは昨晩のこと。

 話が終わってからすぐに使いでも出したのかとも考えたが、話したのは随分と遅くのことだ。あまり現実的ではない。

 暗殺部隊を上手く使ったのだろうか、などと一瞬にして思考を巡らせる。

 

 というのも、モーリスは昨晩父であるバッハ侯爵に反抗をしたのだ。

 これまで積み上げてきた実績と、協力してくれる他の貴族の一部を手放してまで、今からクルム王女の勢力につく必要があるとは思えない、と。

 一度の負けで弱気になっているのではないかと、父親の正気を疑ったくらいだ。

 そもそも今回の王位継承争いが、不利な戦いであることはモーリスは理解している。冷静に考えれば、オブラ侯爵家とまともに争うことは馬鹿だ。

 ただ、今回負けてしまうとバッハ侯爵家の立場が危ういことも分かる。

 だからこそ、旧貴族派閥を再びまとめ上げて、オブラ侯爵家の専制に対抗する必要があるのではないか、と考えていた。

 

 第十一子であり、特に優秀だとも聞いていないクルムの勢力につくなど、正気の沙汰とは思えなかった。ただ、モーリスはバッハ侯爵が手塩にかけて暗殺部隊を育てていることも知っている。

 そう簡単に敗北を認めるとは思えないところが、今回の話の肝だ。

 一体何がどうなっているのだと、さんざん話し合った末にバッハ侯爵はモーリスに言った。

 

「今回に限り、どのような言葉でも無礼とはしません」

「………王女殿下の才は、『お前が直接見て、話して、確かめてこい』と、言われております」

「侯爵閣下が、なぜ私の勢力に鞍替えをしたのかが理解できなくて、話をしましたか?」

「昨晩の件について、父が使いの者を寄こしましたか?」

「いいえ、想像です」

 

 グレイは、二人がじっと見つめ合って腹の探り合いをしているのをちらりと横目で見る。そうしてつまらんしくだらんなぁ、と思いながら全身の筋肉を順番に硬直させて筋肉を鍛えていた。

 人からはただ黙って見えているように見えても、筋トレというのは可能なのだ。

 

 グレイからすればこんな生意気な、世の中を理解したような気になっているガキは、頭をひっぱたいて泣かせてやりたくなる。まだ何も自分の力でなしておらず、親の敷いたレールの上をよちよち歩いているだけだと理解をしていないのだ。

 貴族全般もう少し身内を甘やかすのはやめた方がいい。

 

 ちなみにグレイがモーリスの年の頃は、既に父親と兄と王族を殺し、襲ってくる暗殺者たちの大半も返り討ちにしている。元々他の世界の記憶のあるグレイがずるだというのならば、旧アルムガルド領の狩人たちや、貧民街の者や冒険者達と比較してみたっていい。

 皆、独立し、親兄弟も頼らずに一人で行くために毎日四苦八苦している。

 貴族は子供を甘やかしすぎなのだ。

 

 やっぱり急に頭引っぱたいてやろうかな、と考えが一周して元に戻ってきたグレイ。今それをしないのは、ただ、クルムの好きにやらせてやろうというブレーキが働いているだけである。

 

「そうですね……。現実的に考えて、これまで仲良くしてきた、いえ、取り込んできた、と言った方がいいでしょうか。その貴族派閥の方々の一部を失うのは、力を失うも同然。王位継承争いも後半に入り、結果もある程度見えてきたときにそれをして何の利益があるのか。ましてバッハ侯爵がつくと言っているのは、つい先日王位継承争いに参加を表明したばかりの、さして名前も知られていない第十一子の、しかも王女。かつて王国には女王が誕生したことは一度もない。バッハ侯爵が、何を考えているのかが理解できない。だから反論したところ、ため息交じりに、直接品定めをして来い、と言われた。こんなところでしょうか?」

 

 思考と起こった出来事をほぼ完ぺきにトレースされたことで、モーリスはバッハ侯爵が先に使いをよこしたのだと確信した。ただわからないことは、モーリスがバッハ侯爵に言った覚えのないことまで、クルムの口から飛び出してきたことだ。

 気味が悪かった。

 

「モーリス殿は、ヘグニ王子、すなわち……、オブラ侯爵家が三度王宮を支配しても、バッハ侯爵家がなくなることはない、とお考えですか?」

 

 『そんなはずがないのに』という、クルムの裏の声が聞こえてきた気がして、モーリスは返答に詰まる。十三歳の少女に、段々と場の空気を掌握されていることにも気づかず、モーリスはごくりと唾を飲み込んだ。

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