転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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クルム一派に入るための儀式みたいなもの

 しかしモーリスがやって来たからとはいえ、その日から何でも任せられるわけではない。結局のところ重要な話ができるようになるのは、バッハ侯爵が旧貴族たちをまとめてクルムの方へ引っ張ってきてからだ。

 

 グレイとスペルティアが襲われた事件があってからは、ウェスカたちだけで買い物に出すのもはばかられている。こういったあたりが、少数精鋭の難しい部分だ。

 逆にグレイなんかは好き勝手に街をうろついてもらっており、囮作戦を決行中なのだが、あれ以降薬を使っている敵は引っかかっていない。裏通りばかり歩いているせいか、たまにチンピラには絡まれるが、結果はただその辺りの治安が良くなるだけだ。

 悪いことではないが、特に進展はない。

 

「モーリス殿。実は先日、先生が街を歩いている時に、妙な一団に襲われています。痛みを感じなくなり力を増幅する薬と、魔法を組み合わせたような捨て駒です」

「……父からも、妙なのがいると聞きました。なかなか厄介な手合いです」

「はい。そこでモーリス殿には、先生と共に行動をしていただきたいのです」

「はぁ、なるほど……」

 

 モーリスにはその脈絡がさっぱりわからなかったが、一応了承の返事をしておく。

 クルムが自分を傍に置いておきたくないから、適当な頼みごとをしているのかもしれない、とも考えた。

 

「先生には既に街をうろついていただいているのですが、どうにも敵が釣れないのです。先日はスペルティア様と歩いている時に襲われました。 もしかすると、モーリス殿が一緒であれば釣れるのではないかと。今日一日だけお願いできますか?」

「承知しました。……グレイ殿もよろしくお願いいたします」

「ふんっ」

 

 グレイは貴族が嫌いだ。

 偉そうで何もしないやつも嫌いだ。

 今のところモーリスに対して好きな要素がないので、お願いしますと言われても鼻を鳴らして聞こえているという意思表示しか返さなかった。

 どっちが年下かわからない、あまりに大人げない態度である。

 

「先生、何かあったらモーリス殿を守って下さい」

「分かっておる」

 

 そんなわけで、モーリスに頼んだのはグレイのお付きだ。

 クルム陣営に馴染むのであれば、クルムよりグレイに馴染んだ方が早い。

 モーリスはすでに、グレイに対してかなりの苛立ちを覚えていたが、バッハ侯爵家の立場や、父から聞いた話などを考えながら、辛うじて表情には出さないでいる。

 

 今日一緒にいて、グレイと仲違いしなければ、それだけでモーリスは大したものである。おそらく、クルム陣営に馴染むだけの才能があると、それで証明される。

 

 これはある意味、これから近くでうまく一緒にやっていけるかのテストのようなものだ。

 予定を聞いていた中で、ビアットただ一人だけは、自分が初めてグレイと二人で出かけた日を思い出し、モーリスの無事を祈って静かに黙とうをささげるのであった。

 

 

 さて出かけると決まれば、グレイは与えられた部屋を出て、王宮の長い廊下を歩きだす。くたびれたローブにフードをしっかり被り、早足ですたすたと歩く姿は、とても老人とは思えない。

 比較的背が高く健康な成人男性であるモーリスをして、かなり早いと感じるのだから、相当な健脚である。もちろん、暗殺部隊を返り討ちにするくらいなのだから、これくらい当たり前ではあるのだが。

 

 モーリスはしばしグレイの後ろ姿を見つめながら、その人物像に思いをはせる。

 父曰く野蛮人。国の大犯罪者で、王族殺しの親殺し。

 最悪な印象はお互い様であった。

 

 しかし、グレイと王宮を歩いていると、前からくる人物が絶対に道を譲っていく。

 時折偉そうにグレイに道を譲らせようとする者もいるのだが、一切速度を緩めずにずかずかと前に進んでくるグレイの圧力に負けて、最終的には端に避けることになる。

 めんどくさい貴族間の勢力図とか、その時には逆らうべきではない相手とかを考えて生きてきたモーリスからすれば、少しばかり気分が良かった。

 代わりに何だあいつらは、どこの誰だと、背中に向けられる厳しい視線には慣れそうもなかったけれど。

 

 王宮から出るとグレイの歩みはやや緩いものとなった。

 ピリピリとした触れるもの全部傷付けてやるぞ、みたいな雰囲気もやや軽減されて、一歩が大きいだけののんびりとした散歩ペースとなる。

 モーリスはその間に、付近で待機している護衛の暗殺部隊へと指示を出そうと辺りを見回す。

 

「余計なことをするでない」

 

 その瞬間、グレイが振り返りもせずにモーリスの行動を注意した。

 一瞬何の話か分からなかったモーリスだが、すぐに行動をやめて、早足でグレイとの距離を詰める。

 

「護衛がいることをご存じでしたか?」

「知らんが知っている気配と視線を感じた。お主らの暗殺部隊とかいう奴らじゃろ」

「……グレイ殿と敵対するために動かすわけではないのですが」

「一日中見張られていては気分が悪い、置いていけ」

 

  もしや自分を人のいないところに連れて行って殺すつもりなのでは、とモーリスは疑ったが、だからと言って動きがばれている暗殺部隊を動かしたところでどうなるとも思えない。

 念のためついてこさせるか、それとも言うとおりにするか。

 考えている間にも、グレイはどんどん先へ進んでいく。

 

 モーリスはぐっと拳を握り、暗殺部隊がいる方を険しい表情で見つめ……、手を軽く払うような仕草をした。暗殺部隊はモーリスの意思を受けて、その場でぴたりと動きを止める。

 

 どうせバッハ侯爵家はもはや、クルム王女と共に生きるしかないのだ。

 ここにいたって、自分の命の安全だけ考えていたって仕方がない。

 グレイは、クルムとともに動いているのだから、自分を殺したって何の得もない。

 

 そう言い聞かせて、モーリスはまた足を速めてグレイの隣に並んだ。

 

 そこではじめて、グレイはモーリスの顔を横目でチラリと見た。

 随分と緊張して、覚悟を決めたような表情をしている。

 グレイは『そんな大層なことでもあるまいに』なんて思いつつも、長い鬚をしごきながら、口角をほんの僅かに上げるのであった。

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