王宮を出てすでに一時間。
グレイがふらふらと街を歩き、お気に入りの油たっぷり芋を購入。
もっさもっさと食べながら更に歩き出したところで、ついに我慢しきれなくなったモーリスが口を開く。
よく我慢した方だろう。
「グレイ殿。今日のご予定は決まっているのですか?」
「そんなもん決まっておらん。さぁて、今度は向こうへ行こうかのう」
「……そんな歩き方では、囮にもならないのでは?」
至極まっとうな疑問だった。
もし相手方に襲わせたいのであれば、あからさまに誘ってますよ、と言わんばかりの動きでは出てくるはずもない。
まぁ、実際グレイの目的は囮だけではない。
街に蔓延しているらしい、薬の出所を探るのも目的だ。
というより、こっちがメインの目的だからこそ、治安の悪い場所ばかりうろうろしている。
今の段階では、喧嘩を仕掛けてきた構成員の中に、時折それっぽいのが混じってたくらいだ。つるし上げて揺すったり叩いたりしても胃の内容物しか出てこなかったので、おそらく間違いないだろう。
「もし出てきたら数を減らすだけじゃ」
「ではほかに目的が?」
「ふむ、お主……、意外と頭が回るし、我慢強いのう。一つ分けてやろう」
昨日話を聞いていた限りで、グレイはモーリスのことを典型的な糞貴族であるとばかり考えていた。すなわち弱者をいたぶるのが大好きで、自分より強いものに媚を売り、努力はせず、辛抱もできず、いやなことがあればすぐに親に泣きつく屑である。
しかし意外なことに、得体の知れないグレイに黙ってついて来て、自分の命を危険にさらすことをすぐさま決意し、真面目に何か仕事をこなそうとしている。
もしやこいつ、普通に会話できるタイプの人間なのかもしれん、とほんの少し歩み寄りを見せたわけである。
ちなみにグレイはいわゆる糞貴族を同じ人間と考えていない。
芋を一つ差し出されたモーリスは、「……ありがとうございます」と言って、仕方なくそれを受け取る。こんな体に悪そうなものを食べたことは、生まれてこの方一度もない。
受け取った指先が一瞬にして油まみれになったことに衝撃を覚えながら、何の躊躇もなく治安の悪そうな路地の奥へと入っていくグレイの後に続く。
しかしモーリスに残された道は、クルム陣営に馴染み、しっかりと成果を出すことだけだ。ここからひと月の馴染み方次第で、将来が全て決まるかもしれないのだ。
勇気を出して芋にかじりつくと、ジワリと油と塩の味が広がって、細かい芋が口の中全体に広がる。
気持ち悪いもの、と思いながら食べたため、眉間によった皺は消えないが、なんだか思ったより悪くない味ではある。
二口、三口、と口に運んでいるうちに、気付けばすべてなくなったところで、モーリスは相変わらず眉間にしわを寄せたまま、何度か瞬きをして僅かに首をひねった。
指が油でてかてかしていて気持ちが悪い。
しかし芋を食べた直後だというのに、妙に腹が減ってくる。
「なぁに変な顔しとるんじゃ」
「いえ、さっきの食べ物の名は何かと」
「もう喰い終わったのか。儂に貰ったもんなんぞをすぐ食べるとは、よほど腹が減っておったか。陰湿な貴族共の中でそれでは、あっという間に毒殺されるのではないか?」
「……まさか毒ですか? 確かに、繊細な味付けが一切なかったのに、また食べてみたいと思っている……? まさか薬……?」
はっと真面目な顔をしてモーリスがグレイを睨みつける。
あまりに阿呆な発想に、グレイはぶはっと噴き出して笑った。
そうして横並びになって、モーリスの後頭部を素早く引っぱたく。
「な、何を……!」
親であるバッハ侯爵にすら叩かれたことのないモーリスは、とんでもない暴挙に面食らって目を白黒させた。しかし加害者であるグレイは「ほっほっ、ひっひっひ」と楽しそうに笑って、目の端に涙を浮かべながら答える。
「お主、さては相当な箱入り息子じゃな? 馬鹿真面目過ぎるわ! そこらで買ったものに薬など入ってるものか。儂をお主ら馬鹿貴族と一緒にするでない。殺す時は正々堂々とぶち殺すから安心せい」
「な、なぜ叩いたのですか」
「お主が馬鹿じゃから」
「ば、馬鹿……」
「ほれ、社会勉強じゃ、箱入り息子。しっかりついてこい」
グレイが勝手に話を切り上げてさっさと進んでいくのに、モーリスは何とかついていく。
そこらに落ちている酔いつぶれた人や、放置された荷物や汚物を、グレイはひょいひょいと避けていくのだが、歩き慣れていないモーリスは足元にあるものを避けることに必死だ。
それがまたグレイには面白いらしく、いちいち嫌な笑い方をしながら観察してくる。散々笑いつくしてから、少し開けた場所へ出たところでモーリスがついに声を上げた。
「歩き慣れていないのだから仕方ないでしょう!」
「そうじゃな、儂が悪かった、ふっひひ」
謝りながらも笑ってしまったのは、モーリスが芋で油まみれになった片手をどうしたらよいかわからず、相変わらず中途半端な位置で待機させているからだ。
「モーリスよ、その油さっさと拭いてしまえ」
「拭くものがあるのですか?」
ハンカチくらいは持っているが、こんな油を拭き取って良いものかわからない。
「そんなのはな、こういう服の端でちょちょいと拭くんじゃ」
そう言って超高級ローブの端で指先を拭ったグレイを見習って、モーリスはグレイのローブに手を伸ばす。
「ふはっ、自分のでやらんかい、馬鹿者め」
黙って拭かせてやってから、グレイはまたゲラゲラと笑った。
どうやら常に厳しい表情で、悪そうな顔をしているこのモーリスという男のキャラクターが、意外なことに天然ボケの変な奴であると気づいたのだ。
そして本人がここで頑張らねばと決意しているおかげか、馬鹿にして笑っても意外と貴族らしいプライドの高さを見せてこないところも、グレイの中の評価としてなかなか悪くない。
「……それで、次はどこに行くのですか」
ずっと馬鹿にされながらもそれを我慢しているモーリスは、もう不満そうな表情を隠すこともなく、立ち止まって笑っているグレイに移動を促す。
グレイはモーリスの話を聞くと、ピタリと笑うのをやめた。
そうして指先でモーリスの腰の剣を指さして尋ねる。
「お主、それをまともに使えるか?」
「それなりには。なぜですか?」
「なぜってそりゃあ……」
グレイが振り返ると、ぞろぞろと手に武器になりそうなものを持った人相の悪い者たちが現れる。
「社会勉強の時間だからじゃ」
「これは……っ、まさか、最初から私を殺すつもりで……!?」
「お主、馬鹿じゃのう……。こいつらは儂を殺すために集まったに決まっておろう」
当然のように言い放ったグレイが歯を見せて笑う。
それを見たモーリスは、やっぱりこの老人は、父の言う通り野蛮人に違いないと確信をするのであった。