グレイはぐるりと敵の配置や手に持った武器を確認する。
チンピラにしてはそれなりにしっかりとした刃物を持ってきたようだが、持て余しているような印象を受けた。
両刃の剣を持つと、どうしたって刃筋を気にするようになる。
もちろん刺さる斬れる、というのは脅威ではある。素人相手に威圧するには有効な手段となるだろう。
素人相手ならば。
例えば、命懸けの殺し合いをしたことのないモーリスは緊張でつばを飲み込んでいるが、グレイから見ればやっぱりただの素人集団である。
相手が暴力を振るい慣れている集団だとすれば、グレイは暴力の専門家である。
年季が違う。
幸い敵は後ろからしか来ていない。
グレイは平然と一歩前へ踏み出した。
「そこから一歩も動くな。自分の命を守ることだけ考えるんじゃな」
モーリスの構えは割としっかりしているが、いざ人を斬るとなればどう動くかわからない。そんな不確定要素は、足手まといでしかなかった。
「そういうわけには!」
じり、っと一歩前に踏み出したモーリスの方を向いて、グレイは歯を見せて笑った。
「邪魔じゃからそこにおれと言うておるんじゃ、へなちょこ」
グレイが振り返ったのを隙と見たのか、チンピラたちが一斉に襲い掛かってくる。
モーリスは訳の分からない罵倒を理解する間もなく、一応は味方であるグレイのために声を上げる。
「危ない!」
「うむうむ、そうじゃな」
一斉に襲い掛かる、と言ってもチンピラたちは常日頃から連携の訓練をしているわけではない。
仕留めたものに賞金でも出ることになっているのだろう。何なら互いに押しのけ合いながらグレイに迫る。
グレイの手が数度ぶれ、僅かに遅れて破裂音。
折れた武器の先端が体に突き刺さったものが数名。
目にもとまらぬ速さで体の中心部を拳で打ち抜かれたものが数名。
血反吐をまき散らしながら地面をのたうつチンピラたちの中で、より重症なのはどう見たって武器が刺さっている方ではなく、グレイの拳を食らった方であった。
出遅れていたチンピラたちがどよめき、目が泳ぎ始める。
爺一人殺す仕事。そんな風に言い含められてやってきたのかもしれない彼らは、最初に向かってきた者たちよりも、暴力に慣れていない雰囲気があった。
まだ若く、いきりちらしてついて来てしまっただけ、と言ったところか。
とはいえ、グレイを殺すためにやって来たことには違いない。
グレイが一歩前へ出る度に二歩、三歩と後退していく様子は、もはやどちらが悪い奴かわからない。
グレイが段々と足を速めると、ついに一番後ろにいたチンピラが背中を向けて逃げ出した。彼らの逃亡先には大柄な男と、細身で長身の男が一人。
グレイから逃げ出すことに必死なチンピラは「邪魔だ!」と声を上げながら、その二人を押しのけようとしたが、思いのほか俊敏な動きを見せた大男の拳で顔面を打ち抜かれて沈黙することとなった。
マスクのようなものを被っているその男は、そのまま近づいてくるものを次々と殴り倒しながらグレイに迫ってくる。これはまずいと思ったのか、チンピラたちは大男を避けて細身の男の方へと進路を変えた。
数人は細い路地の隙間を縫うように、逃げ出していったが、どうしたって逃亡ルートが狭くて詰まってしまう。
じれたチンピラの一人が「どけよ!」と叫びながら細身の男に襲い掛かる。
直後、そのチンピラが地面に転がった。
足だけがその場に残り、上半身が倒れ込んだのだ。
「てめぇがどけよ」
グレイはその男に見覚えがあった。
騎士をやめてこそこそとグレイの身辺を探っていた男、スカベラである。
「こんな真昼間に鼠の登場じゃな。こそこそするのはやめたのかのう?」
「……気づいてやがったか、くたばり損ないが」
「くたばり損ないは貴様じゃろうが。ここでは試合を止めてくれる頼りになる副団長はおらんぞ?」
グレイはにやにやと笑いながらスカベラを挑発する。
時折スカベラがグレイが戦う様子を見ていたのは以前から気付いていた。
人ごみに紛れていたり、屋根の上で追いかけるには面倒な場所にいるせいで、毎度追いかけることはできなかったが、いつかそのうちこうして顔を出すと信じていた。
時折いるのだ。
命より大切なものがある、恐れを知らない異常者が。
良い方にも悪い方にも突き抜けた存在であることには違いない。
スカベラの片手に剣を持った無造作な立ち姿は、一見隙だらけに見えるが、以前立ち会った時よりもずっと隙のない構えに仕上がっていた。
グレイに負けたことが悔しくて、相当な鍛錬を積んできたことは間違いない。
「……殺す。てめぇは絶対に殺す。てめぇを殺したら、騎士団の連中も全員殺してやる」
「二対一でいきり散らすのう」
「はっ、怖いのかよ」
「いいやぁ? ほうれ、二対一でないとグレイ様の前に立つ勇気はありません、って宣言してみてはどうじゃ? 少しは手加減してもらえるかもしれんぞぉ」
「……ぶっ殺す!!」
二人が楽しく会話している中、これはもしやピンチなのではと思ったモーリスが、ぎゅっと剣の柄を握り、覚悟を決めながら口を開く。
「グレイ殿、助太刀を……!」
「引っ込んどれ」
「雑魚が邪魔すんな!」
びりびりとした殺気が飛んできて、モーリスは表情をひきつらせる。
確かに人を殺したことはないが、暗殺部隊と打ち合いはしてきたし、剣の訓練でも良い成績をおさめてきた。
だからこそ逆にわかる。
これは自分の手に負える戦いではないと。
モーリスは少しだけ悩んでから、そーっと壁の方へ寄って息を潜めることにするのだった。