転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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改良版

「いけ」

 

 小さな声でスカベラが呟くと、少し遅れて真横にいた大男が猛然とグレイに迫っていく。恐れを知らぬその動きに、グレイはなんとなく覚えがあった。

 薬と魔法。

 それによっておかしくされ、操られた人の動き。

 先日と同じ、戦い慣れていないものの、意思を感じさせない動きだ。

 しかし、迫ってくる大男は先日の集団と比べると、さらに体は大きく膨れ、俊敏であった。

 

 グレイは迫ってくる大男ではなく、先に周囲に目を配る。

 どこかに、この男を操っているものがいるのではないかと考えてのことだが、どうにもこの辺りの住民の気配が多く、どれが魔法使いなのかまではわからない。これも計算されてのことだとしたら、本当に厄介な相手であった。

 グレイの最初の戦いを見て、その実力を再度測り直すため、より慎重を期して、より強い相手を送り込んできたのだと思われる。

 

 敵が迫ってきて、グレイは仕方なくそちらに集中の先を切り替える。

 そこで大男のピッタリすぐ後ろに、何者かが潜んでいるのが分かった。

 状況的に考えてスカベラだ。

 グレイを殺すために新たに暗殺術を学んできたのだろう。スカベラは歩幅や歩く速度まで合わせて気配を消そうとしている。

 

 それでもスカベラの位置が分かったのは、スカベラが隠れられるような場所がそこにしかないからだ。

 最初にスカベラと相対した時を思い出しながら、両手に炎の塊を浮かべると、サイドスローで右、左の順に投げつけた。大男を避け、スカベラの足元に着弾するように計算された投擲。

 

 しかし大男は両腕を左右に広げると、その大きな手のひらで炎の塊を受け止めてみせた。

 着弾した瞬間、そこを起点に炎の柱が立ち上がる。

 人一人くらい容易に焼け焦がす威力を込められた魔法であったはずだが、大男は手首あたりまでを炭化させ、全身を焦がしながらもほんの僅かにもスピードを緩めずにグレイに迫ってきていた。

 

 顔を覆っていたマスクが焼けこげてぼろりとはがれると、その中身が見える。

 そこには想定通りへらへらと笑った顔が隠されていたが、その顔もやはり、どこかで見たことのあるものであった。しかも前とは違って白目まで剥いていて、もう今の段階で生きてるのだか死んでいるのだかもわからない。

 

 通称【肉屋】と呼ばれる始末屋であったのだが、グレイの知識ではウェスカをさらった、やたらとタフな力自慢である。本当ならば今は捕まって牢に入っているはずなのだが、どうやら薬漬けにされて狩りだされたらしい。

 この時点で牢屋に入ってるものを自由に出し入れできる何かが関係していることは確実となった。

 元からタフな男であるが、もはや本当に痛みも苦しみも感じぬようになってしまったようだ。哀れな話である。

 

 それほど広くない路地であるから、剣を振り回されれば逃げ道はない。

 見えない位置から剣を振るわれるのは、流石のグレイからしても面倒なのだが、大規模な魔法を使うとこの辺りに住む住民に被害が出る。

 選択肢を狭められているのがどうにも気にくわないが、これ以上近付かせるのもまた面倒だ。大男の首を落とさなければならぬと、グレイは仕方なく以前にも使った居合のような姿勢をとる。

 

 右の手を左手で押さえて半身。

 右腕に十分に力を込めてから解き放てば、その勢いと共に精錬された風の刃が大男の首元に向けて飛んでいく。

 

 大男の首筋に線が入り、一歩二歩と踏み出すたびにそれがずれて、ごろりと地面に落ちた。

 しかし、大男の動きはとまらなかった。

 両腕を広げ、グレイに抱き着くように変わらないどたどたとした動きで迫ってくる。小さな子供がやっていれば可愛らしいかもしれないが、相手はグレイを上回る大男だ。しかも首がない。

 完全にホラー映像である。

 

 このままスカベラの剣が届く範囲まで接近されれば、間違いなく渾身の一閃が放たれることだろう。少し距離をとって対応すればいいだけの話なのだが、あまり下がりすぎると壁とお友達になっているモーリスが巻き込まれかねない。

 

 グレイは左手をやや前に出すようにして、接近戦の構えをとった。

 直後、やや後ろに構えていた右手のひらから何かが発射された。

 それは先端が鋭くとがった氷柱であった。

 大男の胴体に風穴を開けたそれを、妙な気配を察したスカベラは地面を横っ飛びに転がって避ける。見事な反応速度であったが、前傾で走っていたスカベラの右耳はしっかりと削がれていた。

 

「糞が! 普通に魔法使えんのかよ!!」

 

 作戦の失敗を悟ったのか、スカベラは即座にそのまま路地に入り込み逃走。

 これまで魔法を使う時は必ず前動作や、格闘のような動きをしてきたグレイであったが、当然、魔法使いなのだから普通に魔法を撃つことだってできる。

 ちょろっと詠唱さえすれば、指先から人体を数体貫通させる程度の氷柱を発射させることなどお手の物だ。

 ただ、自分の手で投げたほうが威力も効率も良いからそうしているだけである。

 

 首が落ち、身体に大穴をあけてなお走ってくる大男に向けて、グレイはローキックを一撃。爆発音とともに足がへし折れバランスが取れなくなった大男は、その場で激しく転倒し、じたばたと羽をもがれた虫のように暴れはじめる。

 

「どうしたら動かなくなるんじゃ、これ」

 

 グレイが呆れたように呟いた瞬間、敵が現れた方から大量の足音が聞こえてきた。

 また敵か、と目を凝らしていると、現れたのは王宮の騎士と兵隊たちであった。

 

 グレイはそれに気づいた瞬間踵を返し、「逃げるんじゃ!」と素早くモーリスに指示を出す。しかし何がどうなっているかわからないモーリスは、なぜ逃げなければいけないのかもわからず固まってしまっていた。

 

「はよう来い!」

 

 そうして通りすがりのグレイに側頭部をべしっと叩かれ、ようやく起動。

 騎士や兵士たちがチンピラの死体に気を取られているうちに、何とか逃げ出すことができた。後ろからは「待て!」とか「捕まえろ!」と声が上がっているが、当然グレイが足を止めるわけもない。

 

 グネグネと裏路地を通り抜け、貧民街を走り、しっかり誰も追いかけてきていないことを確認して、ようやく足を止めるのであった。

 

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