「申し訳ございません」
ふらふらと廊下に出たモーリスを待っていたのは、父であるバッハ侯爵を護衛していたはずの者であった。
なぜ護衛が無事でバッハ侯爵が命を落としたのか。
「なぜ……っ!」
それが理解できず、モーリスは思わず声を荒げそうになるのを、何とか唇をかみしめて堪える。
情報を持って戻ってきてくれたのだ。
自分の感情で時間を無駄にしている場合ではない。
「……報告をお願いします」
クルムは静かにバッハ侯爵の部隊の者に報告を促した。
◆
さて、時は少し戻る。
モーリスが部屋へ戻って休んでから、クルムはグレイから今日一日の報告を受けていた。グレイとモーリスの相性がそれほど悪くなさそうであることにはほっとしていたが、同時に、襲撃に関してはしばし頭を悩ませていた。
グレイの言うように、戦力の調査として新しいものを送り込んだ、ということは十分に考えられるが、それにしては敵が強かったように思うのだ。グレイが大したことでもないように、どのように撃退をしたかを教えてくれるものだから、つい大したことではないように感じてしまうのだが、そんなはずはない。
首が落ちても活動し続けるなんて、どう考えたって異常だ。
しかも、グレイが掴まれれば面倒だ、と思うほどの能力を持っているのだから、普通に対処することは難しい相手であると考えてよい。
少なくとも、グレイが糞スライムと呼ぶ、〈
そんな駒をほいほいと捨て駒にできるほど、戦力が充実してるとするならば、クルム陣営と、その攻撃を仕掛けてきた陣営の間には、かなり厳しい戦力差がある。流石にそこまで余裕があるとなると、ここから先戦っていくのはかなり厳しくなるだろう。
それこそ、〈リガルド〉に拠点を移して、本格的に国との戦いを始めたほうがまだましである可能性すら出て来る。
クルムはいったん、その戦力差が広がりすぎている、という線を捨て、今日あの時に、グレイに仕掛けたことへの意味を考える。ある程度の戦力をぶつけて、騎士たちをわざと呼び込み、グレイに罪を擦り付けようとしていたことから、クルムは推測を広げる。
思いついた敵の目的は二つ。
グレイに罪をかぶせることで、今後グレイが動き辛くなるように仕向ける。
あるいは、その場でグレイと騎士団をぶつけ、クルム勢力とハップス勢力との対立構造を作ろうとした、などか。
実際後ろ姿を見られていることから、今後何か問題が起こる可能性はあったが、それだけのために戦力を捨てるとなると、やはり敵陣営は中々手ごわいと考えざるを得ないだろう。
難しい顔でそんなことを考えているうちに、食事の準備ができたようだった。
ウェスカにモーリスの迎えを頼んだところ、どうやらノックをしても返事がなく、コッソリと中を確認したところ眠ってしまっていると報告を受けた。
グレイの話を聞けば、随分と疲れる一日であったろうことは容易に想像できる。
少し寝かせてあげようと、そのまま食事をとって自室へ戻り、そのままグレイと明日以降のことについて相談をしている時だった。
部屋が急ぎでノックされて、ウェスカの声が聞こえてくる。
「バッハ侯爵閣下の手の者が、急ぎ報告があるとのことです」
「ふむ。王宮の前にでもいた連中かのう」
「今出ます。何か変わったことでもあったのかもしれませんね」
二人がそんな呑気なことを言いながら扉を開けると、床に膝をついたままの男が、顔も上げずに即座に口を開く。
「バッハ侯爵様が……、殺されました! 共にいたユゥバ子爵もです」
「……すぐに……、すぐにモーリス殿にも知らせましょう」
一瞬頭が真っ白になったクルムだったが、何をどうするかも思いつかぬまま、即座にモーリスを起こすことだけを決め、モーリスの眠っている部屋へと急いだ。
◆
正直なところ、クルムも混乱していた。
ただ、モーリスが青白い顔で唇をかんでいるのを見れば、多少は落ち着きも出て来る。バッハ侯爵の手の者は、先ほどと同じような姿勢で、すぐに何があったかを語り始める。
「襲撃があったのは、クルム様の陣営につくことを決めた方々との会合の場です。グレイ様よりうかがっていたような特徴の者に、建物を取り囲まれました。我々が時間を稼いでいる間に、皆さまは秘密の通路より脱出を。しかしその先も、同じような者たちに待ち伏せされておりました」
「裏切り者がいたのか!?」
流石に味方以外の者が知っているような場所は会合で使っていないだろう。
となれば誰かが裏切り、場所を教えていたことになると考え、モーリスが怒りの声を上げる。
「……いえ、それですと秘密の通路の先まで知られていたのはおかしいと思います。施工者の周りから情報が漏れたのでは……」
「今はそんなことどうでもいいじゃろ。それでどうなったんじゃ」
クルムが他の可能性を提示したが、グレイがすぐにそれを遮る。
「すみません、続きを」
まだ冷静になり切れていないことをグレイの言葉に気づかされたクルムは、素早く謝罪をして更なる続きを促す。
グレイの眉間に刻まれた深い皺が、今はそんな問答をしている場合でないことをはっきりと示していた。