『しかし王位継承争いらしくなってきよった』と、グレイは内心でため息を吐く。
かつてグレイがまだ王都にいた頃、王位継承争いでは死人がバンバン出ていた。
王子はともかく、木っ端貴族など日常茶飯事で殺されていく。
ついでに跡目争いやら、兄弟を殺して自分が当主に成り代わろうとしたりやら、ろくでもない陰謀が渦巻いていたのだ。
時代が変わって多少緩くなったのかと思いきや、どうやらそうではなかったようである。
考えてみれば、今のハルシ王第一子は既に三十を超えているのだから、一通り大勢は決し、ごたごたとした争いは終わった後なのだろう。そこへクルムが波風を立てたから、再びこうして波乱が起こっているというわけだ。
さて、王宮を出たところでハチと数名のバッハ侯爵の手のものと合流することになる。ハップスは警戒していたが、モーリスの「うちの手の者です」という話で納得したようだった。
明らかに裏の者である動きを見て、色々と言いたいことはあるようだったが、この場においては飲み込む。
「案内を」
「はっ」
クルムは今回の事件の経緯について考える。
なぜこの瞬間に狙われたのか。
まだまだクルムには王位継承争いの全容が見えてきていないので、あくまで推測することしかできない。
ケルン王子の下にいるバッハ侯爵たちならば、警戒する必要がなかった、あるいは崩す算段が立っていたから放置されていた。
しかしそれが大きく動いて、クルム陣営に組み込まれるとなると話が別、あるいは、崩す算段が機能しなくなるので始末するために動いたのか。
そう考えていくと、旧貴族派閥には元から裏切り者が紛れていた可能性が高い。
いつかどこかで派閥を崩壊させるための裏切り者。
今も潜伏しているのか、あるいはバッハ侯爵が裏切りを決めた時点で、派閥から離れたのか。
旧貴族派閥に所属している家の名簿はあるが、その数は膨大だ。
その中から何人いるかわからない裏切り者を漏れなく見つけることは難しいだろう。
それにしても、やはり王都にいる以上、敵方の戦力が大きすぎる。
グレイと共にいなければ動けないような状態では……。
動きながら考えていると、落ち着かずに次々と問題点ばかりが脳裏をよぎってしまう。間もなく路地に入り込む、というところで、クルムは一時思考をやめて、目の前で起こることに集中することにした。
事件はまだ終わっていない。
この事件は、自分たちをあぶり出すための罠である可能性だってあるのだ。
一番警戒すべきは、バッハ侯爵がモーリスにも知らせずに、クルムを裏切っている可能性。そんなことは疑いたくもないが、可能性の全てを否定するわけにはいかない。
だからこそクルムは、グレイとハップスに挟まれるような位置取りをして、ハチたちバッハ侯爵の手の者からは少しばかり距離をとっている。
これでハップスが敵方だとすればもうどうしようもない。
兄を見殺しにしたハップスを信じている自分に気が付いて、クルムはなんだか急に嫌な気分になってしまった。こうして兄も殺されたのではないか、そんな嫌な考えがよぎって見上げたところで、ハップスと目が合ってしまう。
「どうした」
「なんでもありません」
気遣うような視線にはずっと気づいていた。
クルムがハップスを遠ざける理由はそこにもあった。
甘えるわけにはいかない。
もし裏切られたら、本当にハップスが兄を裏切って殺していたのだとすれば、もう立ち直れないと思っていた。
しかし今はウェスカだけではなく、グレイもいる。
やかましいけれどファンファも手を貸してくれている。
そろそろ向き合う時なのかもしれない。
そんなことを考えて、クルムはまた首を振った。
すぐに様々なことに思考を割いてしまうのはクルムの悪い癖だ。
さっき目の前のことに集中、と思ったばかりなのに、もう思考が脱線してしまっていた。
しばらく路地を走っていると、行く先に人影が見えた。
バッハ侯爵とユゥバ子爵が二手に分かれた地点だ。
「侯爵様、子爵様共に、お亡くなりになっておりました」
「……父上はどちらに」
「ご案内します」
現場はここからそう離れていない場所のようだ。
向かう途中、遺体の確認をしてきたものが口を開く。
「あの先を曲がったところに、バッハ侯爵様のご遺体があります。酷く損壊しておりますので、ご覧になる時はお気をつけください」
現場に到着すると、いくつかのバッハ侯爵の手の者の遺体があった。それぞれが首や手足を妙な方向に曲げられており、辺りには血だまりがいくつもできている。
そしてその奥には、布をかけられたバッハ侯爵の遺体らしきものが転がっていた。
「こちらになります」
「父上……」
よろよろと歩み寄ったモーリスが、布の前に立ち、手を震わせながらそっと布を掴み、はがしていく。
しかし、小さくうめくような声を漏らしたモーリスは、すぐにその手を止め、布を元あったようにかけ直す。
おそらく何度も何度も地面に叩きつけられたのだろう。
その顔は本人のものと判別するのも難しいほどになっていた。
それでもモーリスにはわかる。
その体つきや服装、装備は、間違いなく自分の父であると。
嫌でもわかってしまう。
「…………父で、間違いありません」
「……ユゥバ子爵のご遺体を確認したのち、フルート殿の無事を確認しに行きましょう」
流石のクルムも、それは本物か、と尋ねることはできなかった。
素直なモーリスの真っ青な顔が、目の前の遺体がバッハ侯爵であるとはっきりと示していた。