ユゥバ子爵の方も現場は凄惨であり、バッハ侯爵同様に隠されていた布をグレイがめくる。こちらも酷く傷つけられており、顔がはっきりわかるわけではなかったが、その場にいる全員で、体格からしておそらく本人だろうと確認をして、ユゥバ子爵邸へ向かうことになった。
他の貴族家は当主が生きている可能性が高いが、こちらは面識もある上に、ユゥバ子爵が亡くなっている。今後のことを考えても、フルートの安全を確保するのは、クルムの役割というわけだ。
ユゥバ子爵家へ向かうと、クルムたちを迎えてくれたのは、以前拘束をしたことがある家令であった。
「子爵様でしたら、ただいま会合にお出かけされておりますが……?」
おそらく二度と会いたくないだろうに、そんな顔はちらりとも見せずに、丁寧に対応をしてくれる。ユゥバ子爵からある程度の状況を説明されていたのだろう。
「フルート殿はいらっしゃいますか?」
「ええ、ご在宅でお勉強をされております。こちらでお待ちいただくか、よければフルート様のお部屋までご案内させていただきますが……」
「案内をお願いします」
どうやらフルートは無事のようだ。
しかし部屋で一人でいると考えれば、もしかすると暗殺者が送られてきていてもおかしくはない。ならば直接部屋に向かった方がいいだろう。
何にせよ最初に状況を伝えるべきはこの家令ではなくフルートである。
「あやつは部屋で何をしておるんじゃ。前ならば夜遊びをしていそうなものじゃが」
グレイが問いかけると、家令は振り返ることなく質問に答える。
「歩きながらで失礼いたします。……ここだけのお話ですが、あの一件以来、子爵様もフルート様に厳しく接するようになりました。フルート様本人も、皆さまのお役に立てるようにと、子爵様の仕事を手伝いつつ、分からぬことを必死にお勉強されております。本日も子爵様が戻られたら、机を並べて今日の仕事ぶりの確認を。あのような始まりではありましたが、これも皆様のお陰です」
家令は貴族家を回すうえで様々な権限を任されているものだ。
時に跡継ぎよりも家のことに詳しく、その家のために忠義を尽くし、その家が栄えることを誇りとするものも少なくない。
家令はクルムのもたらした急激な、そして乱暴な変化を、最初は苦々しく思っていた。しかし、今となってはそれがユゥバ子爵家のためになったと受け入れていた。
礼を言うつもりで話しているのだろうが、この話を聞いているクルムの表情は大いに歪んだ。家令はまだユゥバ子爵の訃報を知らない。
礼を言われるどころか不幸を呼び込んでいることを知らない。
それでも、本人の目の前で申し訳なさそうな顔をするわけにはいかないので、今背を向けて話をしてくれていることは、クルムにとって幸いであった。
「……フルート様、失礼いたします。クルム王女殿下がいらっしゃっております」
「え、な、なぜだ!? 私は何も悪いことはしていないぞ……!」
部屋の中から慌てた声と足音がして扉が開かれる。
フルートはずらりと並ぶ人々を見て、その場でかっちりと固まってから、「よ、ようこそ……」とかすれた声で挨拶をした。
バッハ侯爵家の暗殺者たちは外に待機させているが、ハップスとモーリスはついて来ている。フルートはハップスのことをよく知らなかったが、どう見たって軍人的なたたずまいだ。
今度はどんな酷い目にあわされるのかと、いやな想像を巡らせていた。
「せ、狭い部屋ですが……」
「この場で結構です。家令殿は一時席を外していただけませんか?」
「承知いたしました。入り口で待機しております」
緊急性、そして機密性の高い話をするのだろうと察して、家令はすぐに頭を下げてその場から立ち去る。
数秒、離れるのを待ってからクルムはフルートの顔を見上げた。
その間もフルートは緊張で心臓を跳ねさせながら黙って待機する。
「…………フルート殿、心して聞いてください」
「はい」
「バッハ侯爵閣下及び、ユゥバ子爵様が何者かに襲撃されて命を落としました。もしかするとこちらにも危害が及んでいるのではないかと確認しに来ましたが、無事のようで何よりです」
「……はい? ち、父上が、襲撃をされた……?」
「はい。ここに来る過程でご遺体を確認しています」
「亡くなったのですか?」
「はい」
「本当に……?」
「はい、本当です」
本来ならばこんなにしつこく確認するのも無礼な話だが、フルートの問いかけに、クルムは何度でも同じ答えを返す。最初はぽかんとしていたフルートの表情が、その度に青白く変わっていき、険しくなっていく。
「父上が……、亡くなった……」
「はい」
最後は独り言のような呟きだったが、これにもクルムは律義に返事をする。
沈黙すること数秒、フルートは真っ青な顔色をしたまま、表情をひきつらせていた。そうしてすっかり乾燥して引っ付いてしまった喉を、唾を飲み込むことで無理やり湿らせて、かすれた声で問いかける。
「私は、何をすべきですか」
もしかすると、本当に何をしていいのかわからず、助けを求めての言葉だったのかもしれない。
しかし、この場でクルムたちのせいだと喚いたり、何があったと怒ったり、取り乱したりしなかったことは評価すべきだ。
そしてこれは、今するべき問いかけとしては、至極正しいものであった。
「襲撃はおそらくありませんが、一人でいるべきではないでしょう。バッハ侯爵家、ユゥバ子爵家は、私の未来にとっての要の一つです。悪いようにはしませんので、私たちに同行してください」
「……承知しました」
これ以上悪い状況なんてあるのだろうか。
フルートはふとそんな言葉が頭をよぎったが、精一杯誠実に対応しようとしてくれているクルムの目を見て、自身の胸の辺りに手を当てながら、ただ一言だけで返事をするのであった。
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※『モーリスのひどく疲れる一日』にフルートがいた描写を削除しました。