「……父上がなくなったそうだ。私は殿下と共に外を巡ってくる」
「そ、それは……、間違いのない情報でしょうか……?」
フルートが家令に話を伝えると、震えた声が返ってくる。
まさにこれから、と考えていた家令にとっては寝耳に水の話だろう。
「殿下がこの時間にわざわざ伝えに来てくださったのだから事実だろう。……済まないが屋敷を頼む。私もまだわからないことばかりだ……」
「……お気をつけていってらっしゃいませ」
短いやり取りだけで送り出されたのは、一緒にいる者たちの身分の高さからだろう。
まだまだ話したいことは山ほどあっただろうが、待たせては失礼なことも、のんびりとやり取りしている場合ではないことも二人も分かっている。
「行きましょう」
クルムの一言で屋敷を後にした一行は、外でバッハ侯爵家の手の者と合流する。
「ここからはどうするのだ。あとは騎士に任せては?」
ハップスがクルムに声をかける。
もっともな発言ではあるが、クルムは首を横に振った。
他の手の者が間に入るより先に、自分で情報を確認しておきたい。
今回は約束のために手を借りているが、騎士団が、ハップスが必ずしも自分たちの味方とは限らないのだから。
「……今日の会合に参加していた各貴族家当主の安否を確認します。何か分かっていることはありますか?」
クルムはさらりとハップスの言葉を流して、バッハ侯爵の手の者に状況の確認をする。
「無事に辿り着いていれば、それぞれの屋敷の付近で手の者が待機しているはずです」
「では順に屋敷をまわることにします」
歩き出したクルムを見て、ハップスは僅かに顔をしかめたが、その後はむっつりと口を閉ざし、静かにクルムの後に従った。言いたいことは山ほどあるけれど、今は約束通りにクルムを守ることに専念することにしたらしい。
そのまま数件の貴族邸を巡ってみたが、どうやら二人以外は無事に屋敷までたどり着いているようであった。合流した者たちによれば、バッハ侯爵たちと別れてから追っ手はすっかり無くなったのだとか。
三件目にたどり着いたころには、騎士の者も合流。
ちょうどその家の主に事情を確認しているところだった。
その主が、襲撃の詳細を説明しているのを確認しつつ、次の家へ。
そんな行動を繰り返し、グレイなんかはもはや全員無事なのではないかと、この行動に疑問を持ち始めた頃だった。
行く先で怒号が聞こえてくる。
「行きましょう!」
クルムが走り出すと同時にグレイがその横に並び、少し遅れてハップスも反対側について走りだす。声が聞こえてきたのは、貴族邸の少し手前の道。
そこでは、騎士たちが剣を抜き、薬漬けの敵と相対していた。
既に数人が地面に倒れ、少しずつ騎士側が不利になってきている。
グレイは相手が近づいてくる前に異常を察して迎撃することができたが、騎士の場合は基本的に先制攻撃ができない。相手がにやにや笑いながら近づいてくれば、警告くらいはするだろうが、十分な接近は許してしまうことだろう。
そのせいで怪力の敵に最初から組み付かれてしまったものも居そうだ。
「首を落とせ!」
グレイは敵の姿が見えるや否や、騎士を押し倒している者の頭部に向けて、魔法で出現させた石を投げつける。
笑いながら拳を振り上げていた薬漬けの敵の頭が爆散し、そのまま動きが止まる。
その体の下から無理やりはい出した騎士が、すぐに立ち上がり他の騎士の援護に向かう。善戦はしているようだが、人数的にはやや不利だろう。
その時、戦いの端の方で破壊音が聞こえた。
ガラガラと石造りの家の壁が崩れ、その先から転げるようにして副団長のジグが姿を現す。剣が曲がっているが、まだ足は無事のようだ。
足元に騎士の亡骸を確認したジグは、立ち上がる直前に地面に落ちた剣を拾い、ついでに近くにいた敵の首を二つ切り落とし、騎士たちに余裕を作る。
「ありがとうございます!」
「自分の方に集中しろ!」
礼を言う騎士たちに檄を飛ばし振り返ったジグの前には、家を崩しながらのしのしと歩いてくる巨大な男。それはグレイが戦ったあの首を落としても動いた男と似たような体格をしていた。
首が半分切り落とされ、片腕を失い、心臓付近に穴が開いているというのに迫ってくるのは、もう化け物としか言いようがない。
よく見ればジグの片腕は肘の辺りから握りつぶされているのか、使い物にならなくなっているようだった。
おそらく敵のどこかの部位と交換でやられたのだろう。
片腕でも軽く首を落とせるほどの実力は、大したものだ。
スカベラと同格程度、というような噂を流されていたが、どう見てもジグの方が凄腕である。おそらく真剣な殺し合いの場数の違いが出ているのだろう。副団長の地位は伊達ではなかったということだ。
「待て」
小さく舌打ちをしたハップスが、ジグの援護に走りだそうとした矢先、グレイは周囲を見渡しながらそれを止める。
「なぜだ」
「儂が行く、お主はクルムを守っとれ」
そう宣言した直後にはグレイは走りだしていた。
ジグの背後では騎士たちが戦っている。
他の騎士たちを巻き込まないように、わざと離れた場所で戦っていたのだろうが、ジグはついに引くことができないところまで追い詰められたような形だ。
ここからは不死身の化け物と真正面から足を止めての殺し合いになる。
そうなれば流石のジグの命も危うい。
不死身の化け物が、片腕を上げ、首をプラプラとさせながら襲い掛かってくる。
「足を狙って先へ抜けろ! あとは儂がやる!」
背後から聞こえてきたグレイの声に、ジグは迷いなく体を沈めた。
この化け物は酷く丈夫で、部位を切り落とすのは片手では難しい。
しかし、足を傷付けてバランスを崩すくらいならば、片手でもできる。
ジグが足首からアキレス腱にかけてをなぞる様に傷付けると、巨体が僅かに歪む。
それでも化け物は無理やりに体をひねり、ジグに覆いかぶさって捕まえようと試みてきた。
腕が片方使えず、バランスが悪いせいで、完全に抜けるのは間に合わない。
しくじった。
ジグがそう思った瞬間。
大きな爆発音が複数鳴り響いた。
頭上を何かが吹き飛ぶ。
それは、取れかけていた首であり、そのほか体の一部であった。
それを見れば何が起こったのかはすぐにわかる。
グレイの攻撃が、化け物の体を完全に破壊したのだ。
振り返ってみれば、グレイが煙を上げる拳に向かって、ふっと息を吹きかけているところであった。
「いくら丈夫といっても、魔物よりは柔らかいのう」
武器を一切使わずこれだ。
やはりどう控えめに見ても危険人物である。
「ありがとうございます、助かりました」
しかし助けてもらったことは事実である。
ジグは立ち上がってしっかりと礼を述べてから、すぐに他の騎士たちの援護に向かうのだった。