「報告は後程団長からしていただくとして、今回問題点がいくつかあります。一つ、貴族家の当主が殺されていること。二つ、私たちにも平気で襲い掛かる見境のなさ。三つ、襲撃者の妙な特性です」
「四つ、捕まっているはずのやつが協力している、じゃ」
「ではそれも」
グレイが嫌みたっぷりに付け足すと、ジグは諦めたように同意し、ホワイトも口を結んだままだった。この件については言い訳のしようもない。
「……グレイ殿、【肉屋】についてご存じですか?」
「肉屋? そりゃあ、街の肉屋くらい立ち寄るが」
「いえそれではなく。この街には【肉屋】という、裏社会の始末屋がいるんです。非常に耐久力が高く怪力で、一族で狙った獲物を逃さないことで有名。裏社会においても忌み嫌われた始末屋一族でした」
なんとなく何のことを言っているか理解したグレイは、むっつりと黙り込む。
「しばらく前にそのうちの一人を捕まえたのですが、騎士団の留置所から、牢へ移送され、その中で忽然と失踪しております。見つかったのは今日の昼間。変わり果てた姿ではありますが、確かに本人のようでありました。今日の日中、グレイ殿はどちらで何を?」
「モーリスと街を散歩しておったが」
「……なるほど、分かりました。今日私が対峙していたような化け物ですが、グレイ殿は対処法をご存じのようでした。あれが出現し始めたのは最近でしょうか?」
「よう知らんがそうじゃろうな」
とぼけ続けるグレイの行動について、ジグは追及しようとはしなかった。
別にグレイの罪を償わせたいわけではなく、ただ、今の状況を解決するヒントが欲しいだけだからだ。
「近頃、その【肉屋】の面々が街から消えたとされています。また、街には裏社会を中心に、一年ほど前から妙な薬も広がっています。痛覚と判断能力が鈍る、依存性の高いものです。調査を続けておりますが、いつもどこかでぷつりと情報が途切れます」
「消されておるんじゃろうな」
「でしょうね。それにしても、あまりに規模の大きなやり方です。」
ジグは一度息を吐いてから、その顔に憤怒の表情を貼り付けてこぶしを握る。
「今回の件で、この薬に王位継承争いの参加者が携わっていることを確信しました。王都に毒をばらまくようなやり方をするなどとは、信じたくありませんでしたが」
「王族なんて昔からそんなもんじゃろう」
その王族が二人いる場所で、グレイはあっさりとそんなことを言い放った。
なるほど、ジグは何らかの信念と理想を持って騎士をやっているようだが、そんなものは目を曇らせる要因でしかない。
「……そうなのかもしれません。だからこそ私は、まっすぐに生きるハップス殿こそが王になればと……」
「まっすぐな奴なんて王には向いておらんじゃろ」
これまたバッサリと切り捨てたグレイに、ジグはぐっと言葉を詰まらせたが、すぐに立ち直ってずれていた話の軌道修正を試みる。
「……王都においてこのような大規模な実験を試みることができる勢力は二つ……」
「ジグ、もうやめろ。憶測で殿下たちの名を出すような事はするな」
「……団長、今はそれどころではないかと。ある程度手段は選ばず、味方を増やし、問題を解決すべきです」
「万が一知られた場合、騎士団は最悪再編されるぞ。そうなった時、王都は誰が守る」
「守るために必要なことです」
「私は、必要な情報を得るために人を集めたのだと考えていた。騎士団の外に協力を求めようとは思っていない。少し頭を冷やせ」
ホワイトはじろりとグレイや他の面々を順に見回した。
表情のあまり変わらないホワイトがそうして人を見る瞳は、どこか爬虫類じみており、温度を感じさせないものだった。
確かに今日のジグの語り口は妙に熱がこもっていた。
仲間である騎士が殺されたせいもあるだろうが、そこには人間らしい温もりのようなものを感じる部分もあった。
グレイは常に白けた顔でやり取りをしていたが、少なくとも父を殺されているモーリスやフルートは、ジグの熱を心強いと思ったし、好感だって持っている。
ジグはしばしホワイトを睨みつけていたが、やがて悔しそうに目を逸らしてから、小さくため息を吐いた。
たたき上げに見えるジグと、若く容姿の整ったホワイト。
二人の見え方は対照的であった。
この二人が揃ってハップスを推しているというのも不思議な話である。
「……とにかく、騎士団は今回の件に関する調査に本腰を入れます。そちらでも何かわかったことがあれば情報の共有をお願いいたします」
クルムは一瞬グレイの方を見る。
どこか常に気にくわなそうな表情をしているグレイを見ると、ジグの熱に流されそうだった気持ちが、少しばかり冷めて来るクルムである。
「そうですね……、お互いに、ということで」
ジグはちらりとホワイトの方を見てから、何も言わずこくりと頷いた。
それが精いっぱいの意思表示ということだろう。
なんだかんだ、騎士団の上下関係はしっかりしているようだ。
ホワイトの意思を無視して何かをするのは相当に難しいことなのだろう。
警察的な組織も兼ねていると考えれば、そうでなければもちろん困るのだが。
ホワイトが踵を返せば、それに続いてジグも頭を下げて去って行く。
大事件であったというのに、あっさりとした解散である。
ホワイトの方針からして、そうならざるを得なかったというのが正しいのだけれど。
「お主は帰らんのか」
一緒に行くのかと思いきや、クルムのすぐ横でいつまでも待機しているハップスに向けてグレイが問いかける。
「……クルム」
「……何ですか、お兄様」
ハップスはグレイからの問いかけを無視してクルムの名を呼ぶ。
横目で見下ろしているが、正面にまわって話をするつもりはないようだ。
何かを言おうとして口を開き、それから閉じて、むすっとした表情になってから、再び口を開く。
「気をつけろ。あまり無茶をするな」
「……今日はありがとうございました」
「…………困ったらまた呼べ」
「約束は果たしていただきました。借りを作るわけにはいきませんので」
ハップスは盛大に顔をしかめ、それから黙ってその場を立ち去った。
「あれは何?」
「意地張り馬鹿兄妹じゃ。特に妹の方が頑固で手におえん」
スペルティアの耳打ちに、グレイも他に聞こえぬようなひそひそ声で返事をするのであった。