グレイはしばしスペルティアと二人でこそこそと話をしていたが、クルムの「戻りましょう」という言葉を聞いて、その場を離れることになった。
「これから……、どうなるのでしょうか」
ぽつりとつぶやいたのはフルートだった。
これから変わろうとしていたところで父を亡くし、自分の命もいつ狙われるとも限らない。単純な不安から漏れ出してきた言葉であった。
クルムはこれに対するこれだという明確な答えは持っていない。
自身も霧の中を手探りで歩いているような状況だ。
それでも弱みを見せるわけにはいかない。
いま心が揺れ動いている貴族たちには特にだ。
十代前半の少女に、二十を超えた男性貴族。それも当主となろうというフルートが不安を吐露するという行為は、たとえ父が突然亡くなった直後でも、酷く情けないことだろう。
しかしそのお陰で、クルムは今晩の一件を受けて揺らいでいた心の位置を定める。
まずは、味方に付いてくれようとしていた貴族たちの意思確認が必要だ。
こんな事件があって改めてこちらにつくのか、それともことなかれを決め込むのか。
少なくとも旧貴族派閥に戻ることは難しいだろう。
クルムがまずやるべきことはこれだった。
「……これまでと変わりません。ユゥバ子爵様やバッハ侯爵閣下がつないでくださった縁を維持し、王位継承争いに継続して取り組みます。騎士団でどこまで今回の件について調べていただけるか分かりませんが、こちらでも調査を継続します」
「そうですか……、そうですよね……」
フルートが自分に言い聞かせるように呟く。
内心では様々な後悔が、寄せては引いてを繰り返していた。
放蕩な自分が発端となってクルム陣営につくことになったことを考えれば、父の死の原因はフルート自身だ。
しかしその結果、フルートが真面目に当主になるべく努力を始めた時の、父や家令の嬉しそうな表情といったらなかった。
これからだったのだ。
どうしてもっと早くまともになれなかったのか。
クルムの後に続きながら、そんな考えを繰り返していた。
「……今日はもう休みましょう。モーリス殿も、何か少しお腹に入れたら、今日は休んでください。明日の朝、改めて今後の方針について話します」
クルムの言葉に二人の貴族子息。
当主とならざるを得なくなった若い二人が短く返事をする。
区域に戻ったクルムは、フルートにも部屋を割り振ると、グレイを引き連れたままウェスカに声をかけて自室へと戻った。
今日あったことをかいつまんで説明していくと、ウェスカの表情が見る間に曇っていく。
「いよいよ……、被害が出始めましたか」
「ウェスカ、止めないでくださいね」
「……はい」
クルムは先手を取ってウェスカに釘を刺す。
ここまで来て引くつもりなどさらさらないが、ウェスカに心配をされると心の弱い部分が緩んでしまいそうだった。
強がっているがクルムだって人だ。
死ぬことが怖いわけではないが、志半ばで終わることは怖い。
それに、自分を起因として人が死ぬことにだって、何も感じないわけではない。
ただ、それを咀嚼し、飲み込んだうえで、前に進まなければといけない立場にあると理解しているだけだ。
「明日以降、こちら側についてくれるとした貴族家に改めて意志の確認にまわります。今日も顔を出してきたので、心証は悪くないはずです。先生と共に、私が直接行きます。いいですか?」
「まあ、よかろう」
グレイの返事を聞いて頷いたクルムは、部屋の中を忙しなく歩き回って考えながら話を続ける。
「ウェスカとビアットはいつもの通り王宮内での活動に専念してください。モーリス殿とフルート殿には、爵位を継承するための手続きを進めてもらわなければなりません。そのため二人は、騎士団の護衛についてもらうつもりです。今夜の件について捜査を進めるという話もありましたので、否とは言わないでしょう」
「儂はあのホワイトとか言うのは気に食わんがな」
グレイがふんと鼻を鳴らすと、クルムが首をかしげながら振り返る。
「案外、似た者同士のようにも見えましたが」
「誰がじゃ」
「先生と、ホワイト騎士団長が、ですが」
「あんな怪しい輩と儂のどこが似ておる」
クルムはグレイの言葉にもう一度首をひねった。
「先生。客観的に先生の今の見られ方をお伝えしておきます。どこからかいつの間に現れて私の教育係となり、全身ローブの上、フードまで被って顔を隠し、街を練り歩いて襲ってきたものを返り討ちにし、謎に王都や要人に知人が多い老人。怪しい部分しかないです。怪しすぎて逆に怪しくないくらいです」
腕を組んでしかめ面をしていたグレイは、一理あるクルムの言葉を聞いてしばし黙り込む。
「しかし、似ているというのはその部分ではなく……。自信たっぷりで自分のことを正しいと疑わず、しかし信念がありそうな部分が似ていると感じました」
「信念? あれが? 儂らのことが気にくわないから情報を制限してこようとしたのではないか?」
「先生って、結構好き嫌いが激しいですよね。あの場でホワイト騎士団長が言っていたことは間違っていません。おそらくあの場でジグ殿が出そうとした名前は二つ」
「なんじゃ、分かっておったのか」
「残っている大勢力は限られていますから」
クルムが王位継承争いに参加したのはつい最近とはいえ、始まってから既に十数年。多くの候補が姿を消し、残っているのは放っておいても問題のない勢力か、最終の争いに備えて牙を研いでいる勢力ばかりである。
「一つは第一子であるヘグニお兄様」
「それは分かる」
「もう一人は、第四子のルミネお姉様です」
「そいつはなんじゃ?」
「……教会勢力を背景に戦っています。国内だけでなく、他国からの支援もあるようですね。物静かで何を考えているか分かりにくいお姉様です。声を聞いたことすらあまりありません」
「……また随分と怪しい輩が出てきたのう」
グレイの教会への認識は碌なものではない。
そもそも神なんて信じていないし、その態度を隠すこともないので、昔々から教会勢力とは仲が悪いのだ。
最近の一番の印象としては、クルムが王位継承争いへの参加を表明する際に、下っ端を送り出してきた糞という認識でしかない。
「第三子のジグラお兄様も勢力はありますが、外の国からの支援が大きく、国内で幅を利かせられるとは思いません。よって、どちらかが主な黒幕候補となります。どちらも国内に強い派閥を持っており、下手に疑ったことが外に漏れれば、騎士団の動きは大きく制限されることでしょう。今回に限り味方になり得る私たちに、騎士団がその二つの勢力を疑っているという情報を漏らすというのは、ハップスお兄様の派閥にとって不利になることしかありません」
「……何を言おうが儂はあやつの態度が気に食わんがな」
「それはご自由に」
人は情報不足であったり、自分の感情が過剰に入ったりすると、周りが見えてこなくなるものだ。
クルムとハップスとの関係にやれやれと意見を述べていたグレイも、当然人間関係で失敗ばかりしてきたタイプなので、例外ではないのである。