グレイは朝一番から八つ当たりのように訓練をしていた。
達人になってくると、なんとなくイメージで敵を作り出して、それと戦ったりするのだが、今日の相手は金髪のいけ好かない騎士っぽい誰かである。
その顔面を数十度ぶち抜いたところで、さわやかな汗をかいたグレイは、額を手の甲で拭って空を見上げた。
そろそろクルムが起きる時間である。
その前にこっそり隠してあった燻製肉にかじりつきながら、硬いパンを無理やりちぎってバリバリとかみ砕き腹ごしらえ。
しっかりと鬚の手入れをし、体裁を整えてからクルムの訓練。
そしてみんなそろっての朝食の時間である。
先ほど一人前以上のパンを食べたが、グレイはここでも平気で人一倍食事をとる。
大きな体に大きな筋肉は燃費が悪いのだ。
グレイはいつもどこかで栄養補給ばかりしている。
さて、そんな朝食の場には、冴えない顔つきのモーリスとフルートも参加していた。グレイは思わず『辛気臭い』と言いそうになったが、流石に昨日親を突然亡くしたばかりの二人にそんなことを言うのは酷かと、パンと共に言葉を飲み込んだ。
流石のグレイもそれくらいの気遣いはできる。
ちなみに朝食は、先ほどグレイが食べていたものを高級にしたような内容であったが、グレイは基本的に毎日同じものを食べても気にしないタイプである。
それはそうと美味いものは好きだけれど。
さて、たった一晩ですっかりいつもの調子を取り戻していたクルムは、朝食を終えると、自室に戻って二人の青年を呼び出した。そうして、今日からやるべきことを淡々と伝えていく。
二人の青年も、特にそれに反論するでもなく黙って聞いて、素直にうなずいていた。
覇気がない、とグレイは思う。
普通に考えれば当たり前のことなのだが、クルムの復讐に燃える目を見たことのあるグレイとしては、どうにも物足りない。
最近の若いもんは、などと考えているうちに、話は終わり、こちらもいつも通りの時間に騒がしいもう一人の王女がやってきてしまった。
「騎士団が朝から忙しそうにしていましたけど、何があったか知っているかしら?」
「はい。お話ししなければいけないことがたくさんあります。状況が大きく変化しています。とりあえずそこに座って下さい」
入ってきて早々、外の様子を気にしながらファンファが質問を投げかける。
分かっているのならば話が早いとばかりに、クルムが着席を促した。
また話が長くなることを察したグレイは、勝手に茶菓子を取り出しお茶を淹れ始める。相も変わらず自分の分だけ用意したグレイは、すぐ横で呑気に茶を啜っていたが、クルムの話が進むにつれて、ファンファの表情も少しずつ硬くなっていく。
「……私も、気をつけないといけませんわね」
「さすがに騎士たちが本格的に動き出したら、敵の動きも制限されると思うのですが」
「それはそうかもしれませんけど、私、まだまだ死にたくありませんわ。クルムの王政の下楽しく好きに暮らしたいもの」
真面目な顔をしていたのは一瞬で、ファンファはすぐに両手を合わせてニコニコと笑った。ある意味大物である。
「今日はハップスお兄様のところへ行くのでしょう? 私も一緒に行きますわ」
正しくは騎士団の下へ行くのだが、ファンファに言ってもあまり意味がないことだ。伝えるべきことも伝えてあるので、ここからどうするのかはファンファの自由である。
クルムは青年二人に声をかけ、護衛にグレイを連れて、騎士団の訓練場へ向かうことにした。ファンファの護衛二人も連れた合計七名の大所帯だが、人数は多い方が安心するというものである。
さて、廊下をずんずんと王宮の外れの方へと向かっていくと、騎士団の訓練場が見えて来る。いつもと比べると随分とたくさんの騎士と兵士が集められており、ちょうどそれらが訓練場から街に向けて出ていくところであった。
クルムたちの来訪に気づいたホワイトは、視線をそのままグレイの方に向けてから、盛大に眉をひそめた。どうやら態度を隠さない正直なタイプであるらしい。
グレイの方もすでにがんを飛ばし始めていたので、お互い様である。
「……本日はどうされましたか?」
対応に出たのは副団長のジグ。
ホワイトはその後方でグレイから目を離さずじっと見つめている。
精々三十代半ば程度にしか見えないのに、大した胆力である。
「モーリス殿とフルート殿は、屋敷へ戻って色々とやらねばならないことがあります。その護衛をお願いできないかとやって来たのですが……」
「なるほど。昨日の今日です。万が一狙われる可能性もありますから、手練れの護衛を準備をしましょう」
「お忙しいところ申し訳ありません」
「いえいえ……」
こちらではすっかり話がついているというのに、グレイとホワイトのにらみ合いは続いている。いやな感じの沈黙が流れていたが、そんな空気を読まずに、きょろきょろとあたりを見回していたファンファが声を上げた。
「ハップスお兄様はいらっしゃらないのかしら?」
「今日はご用事があるそうです」
「あら、そうなの……、じゃあ帰ろうかしら」
急に詰まらなさそうな表情に変わったファンファが、ふわふわとしたかわいらしい調子でそんなことを言えば、場の雰囲気は多少和らぐ。少なくともファンファとその護衛の二人はなんだかほんわかとした雰囲気だ。
しかし、青年二人は相変わらずどんよりとしているし、グレイとホワイトはバチバチににらみ合ったままだ。
「……クルム様の本日のご用事は?」
「先生と一緒に、少し外へ出てこようかと」
協力者であるパクスにも現状の情報を共有しておきたい。
特に気負いもなく言った言葉に対して返事をしたのは、ジグではなくホワイトであった。
「グレイ殿を街に出すのはご遠慮願いたい」
「……先生を、ですか? なぜです」
「グレイ殿には殺人の嫌疑がかかっている。今日中には話が行くだろうから、せめて今日は静かに王宮で待機をさせていただきたい」
「団長、さては独断で……」
ジグが顔を青くしたが、ホワイトはやはり平然としている。
「何が悪い」
「今回の協力者ですよ!?」
「協力者ならば人を殺しても、街の者を殴っても、貴族の者を半殺しにしても見逃すのか? 近頃酒場で暴れているのもこの男であると証言がある。これと言った証拠はないが、一度全てを洗いざらいに吐いてもらわねば、グレイ殿の手を取ろうとは思えん。罪は罪、罰は罰だ。厳正たるバミ大臣殿に、直接尋問をお願いした。すべての話はそれが済んでからだ」
バミ、と名前を聞いてグレイは鼻で笑う。
バミが自分に罪を着せてどうにかするとは思えないからだ。
「王女殿下の護衛ならば代わりに私が務めよう。安心して部屋で連絡を待っていただきたい」
グレイはここぞとばかりに凶暴な笑みを浮かべ、ホワイトに突っかかった。
「ほう、お主ごときに儂の代わりが務まると?」
「務まります」
「務まらん」
「務まる」
「無理じゃ」
どちらも一歩も引かない。
三十代半ばを過ぎたおじさんと、七十も半ばを過ぎたお爺さんが、あまりにも幼稚な、しかし誰も仲裁に入れないような喧嘩を始めようとしていた。