「申し出はありがたいですが、そういう事でしたらご迷惑になりますので、私の用事は今日のところ諦めます」
「良いのですか?」
「はい。私よりこちらの二人の護衛をしていただければ嬉しいです。モーリス殿とフルート殿は、騎士団の護衛に従って屋敷の方へお戻りください」
自分が護衛をすると言い出していたホワイトは、その護衛対象であるクルムからお断りをいれられて変な顔をしたが、ジグの方はほっとしたような顔をしていた。
自分の用事よりも、派閥の貴族の命の方が大事だと伝え、別にホワイトだから断ったわけではないと、一応フォローのような事も言ってみたクルムだったが、グレイがニヤついているせいでそれもうまくいったか微妙なところだ。
悪い爺である。
「それでは、どうぞよろしくお願いいたします。先生、お姉様、行きましょう」
クルムがさっと身を翻せば、ファンファとグレイもそれに続く。
十分に距離をとってから、クルムは小さくため息を吐いてグレイに話しかける。
「先生。ホワイト殿と喧嘩するのはやめてください」
「あっちが仕掛けてきたんじゃ」
「そうかもしれませんが、必要にかられてとはいえ、先生が街で暴力を振るっていたのは事実です」
「証拠はない」
「……先生。ホワイト殿が仰っていたバミ=レックス大臣は、あらゆる不正や罪を見抜き白日の下にさらけ出す、王宮で最も厳格で頭脳明晰な方です」
「ほう」
『ほう』ではない。
バミと昔馴染みであることも、既に再会をしていることも話していないからクルムに余計な心配をかけることになるのである。この期に及んで喋る気はなさそうで、なんだかにやにやとしている。
友人の評判を聞いて嬉しくなっているらしい。
「……暴力で解決とかしないでくださいね。おそらく脅しなどには屈しない方です」
何か不穏にニヤついているグレイの表情を見て心配になったクルムが忠告をする。
そりゃあグレイがにやにやと笑っていたらろくでもないこと企んでいることの方が多いので、心配するのも当たり前のことだ。
「そんなことせんわい」
「本当にお願いします。私も同行しますので」
今回クルムが早々に外出を諦めた主な理由は、ホワイトが護衛につくという話が出たからとか、喧嘩を仲裁するためとかではなく、バミとグレイの話し合いが不安で仕方がなかったからである。
王都一の堅物と噂されるバミとグレイが出会ったらどうなるのか。
途中でグレイがバミのその堅い頭をかち割ってしまうのではないか。
そんなことになれば流石のクルムでもグレイのことを庇い続けることはできない。
バミは弱小貴族出身でありながら様々な人物に尊敬され、様々な派閥に煙たがられる、本当の大人物であるのだから。
ハップスと会うことができなかったファンファは、それで気分がそがれてしまったらしく、クルムの区画を素通りしてそのまま自分の区画へ帰っていく。一応そればかりが理由ではなく、従えている冒険者たちに今回の件を通達するらしいけれど。
クルムの部屋へ戻ったところで、グレイが茶を淹れながらクルムに尋ねる。
「そのバミと騎士団は近しい関係にあるのか?」
「……バミ大臣は、主に国の罪や罰を管理する大臣です。既にかなりの老齢のはずですが、ここ数年、王位継承争いの影に隠れて悪さをしている貴族たちを、かなりの数裁いていると聞きます。もちろんある程度の家格になると手を出せない部分もあるようですが、ホワイト殿が勝手に動きそれらの手足をもいでくれば、確実に罪を証明し、罰を与える方です。王位継承争いや貴族の悪事に枷をつけているような方と考えてください」
「ほう、爺の癖に働き者じゃな」
グレイからすると意外な返答である。
もう枯れたような言い方をしていたくせに、引退前に部下たちの負担を減らすために結構な大立ち回りをしていたようだ。
ついでにホワイトも、かなり派手に動くタイプの騎士団長であることが知らされる。その割にグレイが今まで出会ってこなかったのは不思議であるが。
「他人事ですね。先生も目をつけられてることをお忘れなく。どう乗り越えるべきでしょうか……」
クルムは頭を抱えてしまった。
バミは元々、市井のことに関してはそれほど深く突っ込んでくるタイプではないのだ。どちらかと言えば大物の尋問などに関わることが多く、グレイのやっていることくらいならば、部下の某が相手をすることになるだろうと、クルムは高を括っていたところがある。
そうであればまだ誤魔化しが聞いたかもしれないが、相手がバミとなれば話は別だ。
自分の浅知恵で何とかなるのか、不安はどうしても残る。
グレイが罪を暴かれて動きにくくなってしまえば、そのままクルムの行動範囲が狭まると同じ。グレイに説明をしながらも、どうこの事態を乗り切るのかでクルムの頭の中はいっぱいである。
「ま、大丈夫じゃろ」
ずずずっと余裕をかまして茶をすするグレイを睨みながら、クルムは深く深くため息を吐くのであった。