目の前でバミの部下が案内をしてくれているおかげで、それ以上二人の関係を聞くわけにもいかず、クルムは悶々としながら廊下を歩く。
バミ=レックス大臣というのは、田舎貴族出身であり、オブラ侯爵家の派閥ではないにもかかわらず、エリート街道を歩み続けてきた男だ。
老人になるまで役職をまっとうしている時点で、どこかで権力とのつながりがあるはずなのだが、目立った悪事を働いた者は、どの派閥に属していようと容赦なく断罪するのだとか。
とにかく、魔窟と呼ばれる王宮において、【カミソリ】や【番人】とも呼ばれる、異彩を放つ人物のひとりであった。
自分の感覚だけで正邪の判断を下し、すぐに暴力に走るグレイとは、非常に縁遠い人物であるようにクルムには思えるのだが、グレイ本人は今も余裕そうだ。
問題があるとすれば、本人の『大丈夫』と世間一般での『大丈夫』の感覚が大きくずれている可能性があることである。
クルムが頭を悩ませながら二人の後について歩いていると、やがて段々と王宮の中でも人気のない場所へとさしかかる。クルムはバミ大臣に与えられた区画へ行ったことはなかったが、進めば進むほど、何やら華やかな雰囲気からはかけ離れていくのを感じていた。
「……ところで、お主ら随分と芝居がかった話し方をしておったのう」
「いやー、他にも人がいたんでー」
「先生さ、バミ様怒ってたよ? 一緒にごめんなさいしようね?」
「なぜ儂が謝らねばならんのじゃ」
「……お知り合いなのですか?」
急に始まった緩い会話に、クルムが目を白黒させながら、状況確認のためにグレイに問いかける。
「あ、やっぱ先生教えてないんだ。王女殿下がやけに緊張してたから、私たちもそれらしく振舞った方がいいかなって思ってたんだけど」
「クルムが勝手に心配してただけじゃ。バミと知り合いなのは言った」
「知り合いだとしか聞いていませんが」
どうやらグレイより二人から話を聞き出した方が良さそうだと、クルムはターゲットを切り替える。照れ屋なのか、昔のことを語るのが嫌いなのか知らないが、グレイは自分が関わる昔話になると、とたんに口が重たくなるのだ。
「もちろん、お二人との関係も聞いておりません」
「私たちは先生に育てられたのです」
「先日、先生の所在が分からなくなったので、心配して家まで見に行ったところ、たまたま遭遇することができまして……」
「そこで今の状況を初めて聞いた、というわけです」
「王女殿下相手だけではなく、長年世話をした私たちにも秘密主義なのです」
「私たちは、一緒に暮らしませんかと何度もお誘いしているのですが梨の礫で……」
「そういう方ですので、王女殿下もあまりお気になさらず」
交互に話をする二人の息はぴったりで、話しの切れ目が気にならない。
互いに何を考えて何を言おうとしているのか完璧に理解しているようだった。
そしてどうやら、グレイがクルムにあまり事情を説明していないことを察して、慰めてくれているようでもあった。
言うなれば、グレイ被害者の会、だろうか。
しかしそれが、クルムにとっては脅威だった。
クルムは二人に会ってからずっと、いつもと同じようにふるまっていたつもりだ。
少なくとも、グレイに不満や不安を見せるような顔をしたのは、二人が背中を向けている間だけである。
心を見透かされたようで不気味である。
グレイに育てられただけあって、かなり癖の強い人物だと印象を受けた。
本人が暴力で何でも解決するような人物であるのに、どうしてこんな繊細な教え子が誕生するのか不思議でならない。
スラム出身者と考えれば、バミ大臣にきわめて近い位置で働いている時点で、ありえないほどの大出世だ。癖が強いだけではなく、間違いなく優秀な人物であることもうかがえた。
「なんじゃ、儂が悪いみたいな言い方をしおって」
「悪いことしたから呼び出されてるんじゃないですかー?」
「しとらん」
「バミ様、『グレイじゃなきゃ死刑』って言ってましたよ」
「やれるもんならやってみるが良い」
「やれないから先生じゃなきゃ、って言ってるんじゃないですかー」
「それにしても私情が入ってそうでしたけどね」
クルムと話している時とはコロッと態度が変わった二人は、楽し気にグレイと話し、けらけらと笑う。そんな話をしているうちに大きな扉へたどり着き、ホープとクリネアがノックをしようとしたところで、グレイが勝手に扉に手をかけてあけ放った。
「バミ、入るぞ」
「入ってから許可をとるんじゃねぇ、馬鹿が」
「細かいこと言うな」
まるでチンピラのような言葉を吐いたのは、眼帯をつけ、片手に杖を持った老人だった。その老人はクルムの姿を見ると、両手を椅子の肘掛けに置いてゆっくりと立ち上がり、杖を突いて一歩前に出る。
「……失礼いたしました、クルム王女殿下」
「いえ、突然押しかけてしまい申し訳ありません。許可を待たずに勝手に入る方が悪いかと……」
「おら、王女殿下もそう言ってるじゃねぇか、謝れ」
「そっちが呼び出したんじゃろうが」
「お前が問題起こすから呼び出すことになったんだろうが。ちっ、まあいい、適当に座れ」
バミは顎でグレイを促したあと、クルムの方に向き直って浅く頭を下げる。
「大したおもてなしもできませんが、自分の部屋だと思って自由におくつろぎください。体が悪いもので、私も着席させていただいてもよろしいでしょうか?」
「私のことはお気になさらず、どうぞ楽になさってください」
「ありがとうございます」
こちらもグレイと話している時とは一変、クルムに対しては紳士な老人であった。
礼の言葉を述べると、杖を椅子に立てかけ、立ち上がった時同様、肘掛けに手を置いてゆっくりと腰かける。見て分かるくらいには、相当身体が悪いようである。
しかし、グレイの言う通り、どうやら『大丈夫』そうであることは分かったクルムは、勧められるままに、グレイが勝手に座ったソファの横に腰を下ろす。
「おい、グレイ」
「なんじゃ」
「お前あんまり王女殿下に心配かけんじゃねぇよ。俺がお前にとんでもねぇ罰下すんじゃねぇかって、心配なさってるじゃねぇか」
バミの言葉を聞いて、クルムはまた内心ひやりとする。
敵ではない。
ただ、ここにいる人物たちと接する時は、もう少し気を引き締める必要がありそうだと思うのであった。