「さて、クルム王女殿下。心配をかけて大変申し訳ありませんでした。見ての通り、私とこの馬鹿は昔馴染みです」
「顔が良いことだけが取り柄だったのに、再会したらこんな爺になっとった」
「黙ってろ。さて、王女殿下はグレイのことをどこまで知っていて声をかけたのですか?」
もし昔のことを知っていて利用しようとしたのならば、あまりにも切れ者過ぎる。
この年齢にしてそこまで頭が切れていて度胸があるのだとすれば、むしろ野心に溢れすぎていて警戒すべき対象だ。
バミは複雑怪奇であり、ある意味単純なグレイが、この少女の手のひらの上で転がされている可能性を探ろうとしていた。
「……私が先生に声をかけたのは、私の世話をしてくれているウェスカが見つけてきてくれたからです。王位継承争いに参加する以上、教育係が必要でした。貴族内に頼るべきあてはなく、大商人に頼るべき伝手はなく、新興商人に頼った兄は殺されています。もはや市井に隠遁する大人物を探すしかないような状況でした」
「……だから、大罪人グレイ=アルムガルドを見つけ出したということでしょうか?」
「いえ。ウェスカが見つけてきたのは、様々な有名冒険者と共に活動し、後進を育て、名誉を望まずに去って行った、隣国の伝説的な冒険者である【青天の隠者】です」
グレイが得意げな顔をして足を組みなおし、ふっと笑う。
バミは少し考えてから、その得意げなグレイの顔を見て言った。
「お前、他人の功績を騙るのやめろよ」
「何じゃこの野郎、ぶち殺すぞ」
「いやだって、お前がそんな清廉な人物なわきゃねぇだろ。クルム王女殿下、こいつは自分がやりたいと思ったことしかしないし、気にくわない奴がいたら、口の前に手が出る糞野郎です。騙されてますよ」
グレイが【青天の隠者】と呼ばれるようになったのは、引退間際。
本人は自分がそう呼ばれていたことを認識もしていないし、バミもその辺り以降、グレイの周りにアンテナを張っていなかったものだから、そんな情報は持っていない。
疑うのも当たり前のことだ。
「あ、いえ、多分ご本人です。私も知り合ってからは疑問に思うことがあって色々調べたり聞いたりしてみたのですが、ご本人に間違いないと思います」
「バミ様、俺も先生のことだと思いまーす」
「あ、私もあってると思うよ。先生って怒りっぽく見えるけど、結構年下とか、頼ってくる人には優しいし」
「ほれ見ろ。頭でっかちで疑り深い糞野郎はおまえじゃ、ばーか」
バミは目を細くして精一杯顔芸で馬鹿にしてくるグレイをじっと見てから、それを鼻で笑って無視をした。相手にしても腹が立つだけで何も良いことなどない。
「なるほど、つまり王女殿下はグレイをグレイ=アルムガルドと知らずに頼ったと。しかし、王位継承争いに参加するにしては、あまりにも厳しい陣営状況です。私の知る限り、あなたのお兄様方も王位継承争いに参加し、命を落としている。どうしてそうまでして参加をするのですか?」
クルムの核心に近い部分の話だ。
味方の、しかも一部しか話せないことである。
「……バミ大臣は、立場上私の兄たちの死についてよくご存じかと思います。私の母の死についても」
「ええ、知っております」
「その全てにおいて、バミ大臣は現職で今の仕事をなさっていましたね?」
「……その通りです」
「私は、バミ大臣が多くの事柄において、非常に正しい判断を下される方だと聞いております。きっと、それらの事件に関しても、よく考え、判断をしてくださったのでしょう。だから、そうせざるを得なかったのだと理解しています」
母は他国と共謀して国を陥れようとしたとして投獄された。
上の兄の件は事故として処理されているし、下の兄の件も、商人に罪が擦り付けられて終わっている。罪は裁かれていない、というのがクルムの持っている思いだ。
すなわち、バミ大臣はクルムの家族の味方であったことはなかった。
グレイの友人であったとしても、心を開けない理由としては十分であった。
「……なるほど、そりゃあそうでしょうね」
バミは独り言ちるように、納得するように呟く。
その明晰な頭脳は、この短い間にクルムが自分に抱いている思いを、全て正確に読み取っていた。
なるほど、信じられるわけがないと。
しかしバミとしては、もう少しクルムのことを知り、可能ならばクルムに託したい未来がある。
「包み隠さず話しましょう。まず、あなたの上の兄上の件。あれは王子たちと、その配下の者が協力してやった殺人でしょう。ただし、それが想像ついたとしても、証拠がなければ私は何もすることができない。せめて誰か一人でも、そう訴え出てくれれば動けましたけどね」
バミのやるべきことは、上がってきた情報をもとに法と照らし合わせて罪を裁くことだ。必要に応じて、法を変えるための上奏をすることだってある。
ただし、現場を調べ尽くし、情報を集めてくることはバミの手の届くところではない。
「あなたのお母上の件。……急いで逃げようとしたのでしょう。きっと子供思いのお母上だったのでしょう。王女殿下は、そのお母上の逃避行に協力者がいたことはご存じですか?」
「……はい」
「では、そういうことです。王都にいた他国の協力者と内通した。それが私のところへ上がってきた事実です。陛下の側室であられましたから、投獄といえども、部屋に軟禁されているような状態でした。お亡くなりになったのは……、暗殺されたからでしょう」
あの時は他国の協力者も処断された。
バミは当時から怪しいと考えていたが、おそらくあれは尻尾切りをされたものだ。
元々側室同士は互いの命を狙っているような王宮で、隙を見せたクルムの母が罠にはめられるのは必然だった。
犯人は見当がついているが、それを裁く術はない。
「最後に、あなたの下の兄上の件。……あの判断は、間違っていません」
「どういうことですか?」
「あの件を追い詰めたのは、既にホワイト殿と知己を得ていたハップス王子殿下です。詳しいことは私ではなく、ハップス王子殿下に伺うのが良いでしょう」
「ハップスお兄様が……?」
新たな情報を得てクルムは動揺する。
特にハップスの名を聞くと、どうしたって感情が揺さぶられてしまうのだ。
バミの語る言葉からして、ハップスはクルムに敵対していないはずなのだが、話を聞いて決定的に決裂する可能性があるのもなんだか怖かった。
それでも、もう誤魔化していられる時間は終わりだ。
そろそろクルムは、ハップスと向き合わなければならない時期だった。
「そうですね……、三日に一度、今回の件の経過を観察するという名目で、ホープとクリネアを寄越しましょう。何か私と話すべきことがあると思えば、そこでこの二人に話していただきたく存じます。この二人はグレイに育てられている。私も信用しているし、王女殿下も私よりは信用できるでしょう」
「……分かりました」
しばらく真面目な話が続いたため、大人しく黙っていたグレイは、重たい空気を断ち切るように口を開いた。
「そういやバミ。聞いてるか知らんが、バッハ侯爵とユゥバ子爵、あとなんか知らん奴が一人、昨日の夜に殺されたぞ。薬と魔法を使った気色の悪い肉人形による襲撃じゃ。最近外で色々やってたのは、そいつの流通元を探るためだな」
「あ? 聞いてねぇぞ! 詳しく教えろ!」
グレイとの会話になったとたん、かちりと切り替わるように口調が荒くなるバミ。
それにしたっていきなりとんでもない話をさらりと言われ、バミは思わず椅子から腰を浮かしかけるのであった。