ファンファは自室でむっつりと考え込んでいた。
クルム陣営に寝返ろうとしていた貴族の二人と、おまけが一人殺された。
何かが起ころうとしている。
ファンファは本能的に危険を感じ取っていたが、それをクルムに伝えるつもりはない。
その感覚は言葉にすることが難しい類のものであったし、何より駆け足で先駆者の後を追いかけるクルムの邪魔をするのが、良くないことだと考えているからだ。
今から王位継承争いの形勢を逆転するためには、丁寧に穴を一つ一つ埋めながら前に進んでいる場合ではない。
危険と分かっていても、飛び込んでいかなければならない場面ばかりなのだ。
立ち止まってのろのろしていれば、そのまま圧力で押しつぶされてしまう。
クルム陣営の場合はグレイがいるので、もし他陣営が力任せに押しつぶそうとした場合、手痛いしっぺ返しを食らうことになるだろう。それでも、その暴力だけに頼ったのならば、きっと王位につくことは難しい。
そしてもしその場合は、クルムが望んでいない死の嵐が、王宮だけでなく、市中にも吹き荒れることになる。
良くも悪くもグレイという老人はワイルドカードだ。
今思えばクルム陣営に入ったことはそこまで悪い選択ではないと諦めているファンファだが、過去に戻ってやり直せるのならば、きっとグレイには関わらないように立ち回ることだろう。
ファンファはどこかでハップスとクルムとの仲違いを取り持ってやるつもりでいたのだが、それどころではなくなってしまった。上手くいかないことにため息を吐きながら足を組み替える。
部屋にいる冒険者たちに向けてのサービスだ。
それだけで喜んでいる様子を見ると、自分の価値を感じて気分が少しだけ上がってくる。
ふふん、と笑いぱちっとウィンクを飛ばすと、皆がオーッと盛り上がる。
ファンファはこんな平和な日常を楽しく歩みたいだけだ。
そのためにはクルムが王位についてくれるのが理想なのだが、なかなかどうしていばらの道はまだまだ長そうだ。
さて、今日は忙しそうなクルムには構ってもらえそうにもないし、何をして過ごそうかしら、と立ち上がって体を伸ばしたところで、部屋がノックされる。
「クルム王女殿下がいらっしゃいました」
「あら……、通してあげて?」
思ったよりも早く用事が済んだらしい。
バミといえば、王宮の【番人】として有名だ。
ファンファはグレイがどんな悪行をしているか知らないけれど、どこかで何か妙なことをしていてもおかしくないことはよく知っている。
果たして結果はどうなったのだろうと気にしながら、いつもお共にしている二人の冒険者以外を部屋の外へ出し、代わりに二人を中へと迎え入れた。
「あら、お爺様。捕まらないで済んだのね」
ファンファはグレイがめちゃくちゃに強いことも、実は有名な冒険者であったことも知っているが、それ以上に身分とかを一切気にせずに王宮をぐちゃぐちゃにする可能性があることは知らない。
気楽なものである。
もしグレイがバミと知り合いではなく、いわれはあっても納得できない罪で投獄されていたとすれば、今頃暴れて王宮内が大騒ぎになっていてもおかしくない。
「はい、幸い。今回はお姉様に確認したいことがあって参りました」
いつになく真剣な顔つきのクルムに、ファンファは視線を左上の方へ逸らしながら、何か怒られるようなことしたかしら、と思案する。
思い浮かぶことはいくつかあるが、少なくともクルム陣営に入ってからはそんなに悪いことはしていないつもりだ。
「お姉様はウェスカが攫われた時、スカベラという投獄されていた元騎士を解放するのに協力していますよね?」
「……知ってたのね」
ファンファは左右に視線をずらしてから、確信を持った問いかけに誤魔化すことを諦めて素直に悪事を認めた。
「そのスカベラが投獄されていたこと、誰から聞いて知ったか覚えていますか?」
「どうだったかしら……」
「思い出してください。大事なことです」
「そうね……、ええと……」
随分と前のことだ。
クルムが真面目な顔をして尋ねて来るので、一生懸命思い出してみるが、すぐに出てくるようなものではない。
「そもそもなぜ、スカベラを逃がしたら私たちに迷惑をかけられると思ったのですか?」
「……ああ、思い出したわ。ハップスお兄様のところに顔を出しに行ったときに、ジグ副団長が話していたの。クルムに恨みを持っているから、逃がさないように気を付けて見張れ、って。それで見張っている騎士の子が、たまたま私が通じてる子だったから、おしゃべりしてる間にこっそり扉を開けてもらって……、ええと……、誰に協力してもらったんだったかしら?」
ファンファは話しているうちに、その辺りの記憶があいまいであることに気が付く。自分でやったことは確かなのだが、普段の動きから考えると、魔が差したような悪さであるし、これまでそれを気にも留めていなかった。
そして、騎士の気を引いている間に誰かが牢獄の鍵を開けたはずなのに、その誰かが霞がかったように思い出せない。
「あれ……、本当に思い出せないわ……」
「……魔法でもかけられたか。こりゃあしばらくは思い出せんじゃろうな」
おそらく洗脳的な魔法が使われている。
もしかすると、今回の件に絡んでいる陣営が、その当時からすでにクルム陣営のことを警戒していた可能性まででてきた。
「……なんとかなりませんか?」
「そうじゃな……。おい、ファンファよ。その日の前後にどこへ行ったかよく思い出して書き出しておくんじゃ。思い出したものだけでいい」
グレイは基本的に魔法を戦うためにばかり使うが、だからと言って学んでこなかったわけではない。
ゆるりと洗脳されている時間の一部が思い出せないのならば、その前後に関わった人を思い出させていけばいい。場合によっては、本人が思い出せなくとも、いつも一緒にいるニクスやドーンズがその日の行動を覚えている可能性だってあるのだ。
時間を掛ければそこからゆっくりと犯人探しをすることはできるだろう。
「うーん……、ごめんなさい。ニクス、紙とペンを頂戴」
ファンファがニクスに頼んで紙とペンを用意させているうちに、グレイはクルムへ問いかける。
「それで、どうするんじゃ。一応ジグの名が出たが?」
「……ハップスお兄様に相談します。騎士団の方は出払っているでしょうから、その間に接触して騎士団内の情報を確認します」
「ほう、お主はあの男を信用していないのではなかったか?」
「……話して怪しいところがあれば、完全に敵とみなして、そのように行動します」
「完全に敵、のう。これまではどうだったんじゃ?」
「……行きます」
「のう、クルムよ、どうだったんじゃ?」
グレイがしつこく意地の悪い問いかけを続けるのを無視して、クルムはファンファの部屋を後にして、再び王宮の廊下を歩きだす。流石に廊下に出ればグレイのしつこい問いかけもやんだが、ちらりと見た顔はにやにやと何か言いたげに歪んでいた。
腹は立つが、代わりにハップスにこれから話をすることへの緊張感はほぐれる。
意図してやっているのならばたいしたものだが、これはただ意地の悪い性格をしているだけだ。クルムもそのことに気づいているから、眉間にしわを寄せて、腹立たしい顔からプイっと目を逸らすのだった。