転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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聞かぬお姫様

「では、ちぃ兄様……、ステラ兄様のことも教えてください。バミ大臣が、あの件にはお兄様も関わっていると」

「あれは、知られている通りだ。あの商人が、他国と通じていたことは間違いない。俺は幾度かステラに警告をしようとしたのだが……、聞いてもらえなかった。レニスを殺した俺の言葉など、信用できるはずもないだろう」

「ハップスお兄様は……、レニスお兄様を殺していないでしょう……!」

 

 クルムはテーブルに乗せた拳を震わせながらハップスを睨みつける。

 

「いや、あれは……」

「そんなだから!! 私も、ステラお兄様も、ハップスお兄様のことを信じられなかったのです! どうしてすぐに話してくれなかったのですか! どうして!」

「すまぬ」

 

 グレイはわざと音を立てて茶を啜り、大きなため息を吐いた。

 いちいち興奮していては話が進まない。

 クルムの考えによれば、時間的な余裕はそれほどないはずだ。

 

「クルムよ。いちいち話の腰を折るでない」

「……すみません」

 

 過ぎたことであるし、他人事なので割と冷静なグレイである。

 

「むしろ、俺が口を挟んだせいで、ステラはその商人を妄信するようになった。余計なことをした。だから、二人の王子殺しの件で私を睨んでいたホワイト殿に全てを伝えて協力していただき、捜査をした。それが俺にできる全てだと思っていた。終わればもう投獄されてもいいと思っていた」

「……待ってください、王子殺し?」

「そうだ。レニスを殺した二人を殺したのは俺だ。絶対に許すわけにはいかなかった。あとはヘグニ王子だったが……、そこに剣を届かせるにはまだまだ力が足りなかった」

 

 グレイがハップスを評価している点はそこだ。

 ハップスには人を殺したことのある臭いがしていた。

 クルムは上の兄であるレニスを陥れた王子は三人で、そのうちで生き残っているのはハップスだけだとグレイに語ったことがある。

 実直な性格とこの情報を合わせて考えれば、この男が既に敵討ちをしていることは明らかだった。

 ヘタレで馬鹿だとは思うが、やるべきことはやっている。

 だからこそグレイはどこかで自分でも気づかぬところでシンパシーを感じながら、ハップスを不器用な一人の男として評価しているのだ。

 

「そうでしたか……」

 

 ハップスとクルムも、結局似たように育った似た者同士なのだ。

 上の兄であるレニスを思い、失ったことに苦しみ、許さぬと行動した。

 それなのに互いに目を曇らせて随分と長いこと仲違いしたものである。

 

 そしてそれが、下の兄であるステラの死にもつながった。

 いくら幼かったとはいえ、自分にもその責任の一端があることはクルムだって気付いている。

 ハップスに八つ当たりをしているのはただの甘えだということも。

 あれほどレニスと仲の良かった、一時は本当に兄と思い慕っていたハップスを憎む対象にしている間に、ハップスは立派に敵討ちを成し遂げていたのだ。

 

「証拠を見つけ、商人を捕まえるために乗り込む途中に、ステラが襲撃されているところを見た。ステラは立派に戦っていた。……きっと、俺が姿を見せたせいで、気をとられて殺された。あれも……、俺が殺したようなものだ」

 

 ハップスは涙をためるでもなく、ただ真っすぐにクルムを見つめて言いきった。

 そうやってこの男は自分を責めながらずっと生きてきたのだ。

 

「それは……、違うでしょう……」

 

 クルムが呟くと、ハップスは首を横に振る。

 

「違わない。だからお前だけは王位継承争いに参加させたくなかった。それが全てだ。それ以外には何もない。クルム、今からでもいい。王位継承争いから身を引け。それだけが俺の願いだ。聞いてくれれば俺はお前のために何だってやる」

 

 グレイは腕を組みながら、行儀悪く椅子の前足を上げるようにしてぎこぎこと揺らす。さて、クルムはどう判断をするのかと、黙って見守った。

 ここでハップスの願いを聞くようであれば、もう自分のやるべきことはない。

 クルムにはつつましやかに生きて、この国に流されて生きていく選択肢だってあるのだから。

 

「……ハップスお兄様」

 

 クルムはしばし目を閉じて考えていたが、ゆっくりと開いて、まっすぐにハップスを見つめる。

 

「つまり、ホワイト殿はお兄様から見て信頼できるということですか?」

「そうだ。あの人は俺の話を聞いて、協力してくれた。己の正義に反すると、俺の目的に手を貸してくれている」

「目的とは?」

「……レニスやステラを殺した者を、そしてクルムを害そうとする者を排除することだ」

「そうですか……」

 

 もはやクルムはハップスの言葉を疑っていなかった。

 不器用なもう一人の兄が、ずっと不器用に苦しんで生きていることを知った。

 

「だからクルムよ」

「お断りします」

 

 それでも、全てを聞く前にクルムははっきりとハップスの願いを斬り捨てた。

 

「ハップスお兄様、私には為すべきことがあります」

「復讐なら俺が……」

「はい。復讐はもちろんします。ただ、それだけで終わるつもりはありません」

 

 クルムはテーブルを叩いて立ち上がる。

 

「私は王となってこの国を変えます。貴族たちの力を削ぎ、このくだらない兄弟での殺し合いをなくします」

 

 そうして身を乗り出してハップスに顔を寄せ、まっすぐに目を合わせながら続ける。

 

「もしハップスお兄様が、真に私のことを思うのならば協力してください。お兄様が、私の陣営に入って、私のことを守って下さればいいのです」

「それは……」

「私は家族を皆失ったと思って生きてきました。でも、ここにもう一人、私が真にお兄様と呼んだ相手がいたことに気付きました。ハップスお兄様、私はもう家族を失うのはごめんです。お兄様が私の身を案じるように、私もお兄様には生きていて欲しいと願います」

 

 ハップスは黙り込んだが、クルムは更に体を前に出し、今にもテーブルに乗り上げんばかりの姿勢で続ける。

 

「お兄様は不器用です。馬鹿です。きっと私を守ろうとしたら、いつかどこかで死んでしまいます。私の方がうまくやります。お兄様が私の傍にいてくれるのならば、きっと、今度こそ、私はお兄様を失わないように、うまくやってみせます。お兄様は私よりうまくやる自信がありますか!?」

「……レニスは、そう言って先に逝ったぞ」

「私は、レニスお兄様より、ステラお兄様より、絶対にうまくやります」

 

 根拠のない宣言だ。

 だがそれでいい。

 グレイはクルムの啖呵を聞いてにやりと笑う。

 それぐらいじゃないと、手伝う価値などない。

 

 ハップスの覚悟は、自らを失っても目的を達する覚悟だ。

 クルムの覚悟は、何があっても目的を成し遂げる覚悟だ。

 そこにある差は、小さいように見えて大きい。

 

 ぎりぎりのところで足を踏ん張ることができるのはクルムだ。

 糞どもを蹴散らして王を目指すのなら、それくらいの気合いが欲しい。

 

「お主の負けじゃろ、ハップスよ。聞かぬぞ、この小娘は」

「………………そのようだ」

 

 グレイが引導を渡してやると、ハップスは長く沈黙してから顔を歪めるようにして口角を上げ、眉尻を下げた。

 レニスと共にいる時は日常的に浮かべていた苦笑。 

 それは、ハップスが随分と久しぶりに見せた、あまりにも不器用な笑顔だった。

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