話が済んだところでクルムは早々にハップスの区域を後にして廊下を歩く。
「……あまり人目につきたくないですが、王宮はあまり隠れる場所もないのですよね」
「こちらを見た奴全員を仕留めて歩けば、見られてないと同じじゃがな」
「先生は一度、ホワイト殿に捕まえていただいたほうが良いかもしれません。冗談はさておき……冗談ですよね?」
「当たり前じゃろうが」
クルムはくだらない会話をしながら気持ちを少しリラックスさせていく。
昨日からずっと大きな変化が起こり続けており、ずっと緊張している。
ホワイトとグレイの相性が悪い以上、自分こそがうまく立ち回って事をうまく運ばなければならないという自覚がクルムにはあった。
そのためには気が抜ける時には気を抜いておきたい。
グレイもそれが分かっているのか、一割くらい本気のジョークを飛ばしながら廊下を歩いていく。どうしたって怪しい老人が横にいる以上、すれ違ってしまえば記憶に残るのは仕方のないことだ。
できることは、できるだけ速やかに移動して、〈要塞軍〉の倉庫でのんびり待機しておくことくらいだろう。待ち合わせのように同じタイミングで同じ場所に到着するようだと、気にする者も出てくるはずだ。
王宮の廊下はいつもと変わらず人が行き交っており、状況を知らない者たちは、クルムの顔を見ても適当に挨拶をしたり、酷い者だと気づかないふりをして通り過ぎる者もいる。
貴族たちや他の王族の間では警戒され始めていたとしても、下々の者はまだ状況を知らないのだ。
クルムはそんな無礼な使用人たちの顔はしっかりと覚えていたが、だからと言って腹を立てたりはしなかった。実際敬われるようなことはしていないし、彼らが仕えているのはクルムではなく、それぞれの王族貴族である。
さりとて、状況が変わってから媚を売って来たとしても、それなりの対応をすることは決めているのだが。
そんな歩いているだけでグレイの方がストレスをためていくゾーンを抜けると、騎士団たちに与えられた区域に入る。
この辺りになると使用人たちはいない。
そして今日は多くの騎士たちも出払っているので、すれ違う者はほとんどいなかった。特に騎士たちに会うこともなく〈要塞軍〉の倉庫へとたどり着くと、そこには今日も見張りの兵士などは立っていなかった。
「……中に、〈要塞軍〉の兵士が詰めているのでしょうか?」
「いや? 受付の男が一人いるだけじゃった」
「一応高価な物を保管している場所だというのに、不用心ではありませんか?」
「騎士団の訓練場の奥にあるんじゃ。こんなところまでコソ泥がやってくるようじゃ、それこそ王宮もお終いじゃな。ま、〈要塞軍〉からすれば、物資を安く送ってやってんだから、管理くらいそっちでしろってことじゃろ」
「……確かに、その通りではありますね。管理の方は信頼できそうですか」
グレイはうすぼんやりとした記憶をたどり、倉庫を管理していた人物を思い出す。
何やら真面目で、几帳面そうな男であった。
上官であるロブスに対しても、きっちり誓書を書かせるなど、抜け目ない部分もあった。
「ま、大丈夫じゃろ」
喋りながらグレイがゴンゴンと扉をノックする。
「……はい、どなたでしょうか」
「儂じゃ」
ややあってから警戒したような返事があると、グレイはさも当然かのように、ドアを開けて中へ入っていく。
「ああ、グレイ先生でしたか。そちらは……?」
「クルムじゃ」
「はぁ、先生のお孫さんですか? 申し訳ありませんが……」
クルムはにっこりと笑って首をかしげる。
「ハルシ王国が第十一子、クルム=ハルシと申します。〈要塞軍〉のラウンド閣下、リゾルデ殿、それにロブス殿にもお世話になっております。あちらから連絡は届いてますでしょうか?」
「あっ、大変失礼いたしました! は、はっ、クルム王女殿下がいらっしゃったらできる限りの便宜を図るようにとリゾルデ様から!」
「ありがたい限りです。本日は内密の話をするために、倉庫をお借りしたいのです。後ほど騎士団長のホワイト殿がいらっしゃいます。私たちも、ホワイト殿も、倉庫に用事があったと処理をしておいてください。お願いできますか?」
「は、万が一リゾルデ様に聞かれるようなことがあれば、その時は正直に答えますが、よろしいですか?」
クルムの言っていることを理解し、すぐに自分にとって必要な事項の確認をとる。
実に柔軟な考え方を持っている優秀な人物であるようだ。
そして、〈要塞軍〉に対する忠誠心が厚い。
「もちろん。〈要塞軍〉に対して、私は一切隠すべきことはありません」
「ありがとうございます」
管理人は立ち上がると、鍵束を持ち出して、倉庫に抜ける扉を開けて、二人を中へ通す。
「……あ、万が一物を持ち出す場合は必ず私の方に連絡を。物品の管理をしておりますので」
几帳面な男である。
「わかりました。持ち出す予定はありませんが」
「ではごゆっくり」
管理人はそのまま引っ込んでいき、元の受付の位置に戻って席に着いたようだ。
だからと言って特に何か作業しているわけではなく、ぼんやりとパズルを組み立てているのだが。
「ふむ、戦う程度の広さはあるか。……あの辺の物はどけておくとするかの」
グレイが万が一ホワイトと戦闘になった時のことを考えて動き出そうとすると、その裾をクルムが掴んで止める。
「絶対に戦わないので、どけないでください」
「冗談じゃが?」
「止めなかったら絶対にどけていたでしょう」
「まぁ、万が一ってことがあるからのう」
「ないですから、大人しく待っててください」
クルムは、にやにやと笑っているグレイの腰のあたりを平手でたたいて大きなため息を吐くのだった。