転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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22話 探り

 毎日の午前中を訓練に費やすようになったクルムは、午後になるとすっかり疲れ切っていた。魔法の訓練だけであるならばそれほど疲れないのだが、問題は並行して接近戦の訓練をしていることだ。

 午後にはほんの少ししかいない支援者のご機嫌伺いに、重い足を引きずって向かった毎日であった。

 

 さて、グレイに言わせれば、戦闘力というのは掛け算である。

 手札、手数、威力、筋力、技術、立ち回りに駆け引き、そして事前準備。

 様々な要素があるが、能力を一定以上にしておかなければ、あってもなくても変わらない。

 クルムの場合は体が小さいため、筋力を鍛えることはほぼ無意味である。

 手札に関しても、魔法の才能がからっきしなので諦めるしかないだろう。 

 

 であれば、他で勝負するしかない。

 そもそもクルムが能動的に戦闘をするような状況は避けるべきだ。

 必要なのは、緊急時の非常手段でしかない。

 

 だったらやりようはある。

 

 グレイはその部分だけを重点的に鍛え上げて、最低限、中の上くらいの油断してる奴くらいまでならなんとかできそうな具合まで、たった一週間で仕上げて見せた。

 二度三度と使える手ではないが、窮地を脱するのには十分な技だろう。

 

 まだまだ調整は必要なので訓練は続けるが、今後の時間はもっと短くて構わない。

 クルムは王女なのだ。

 訓練にばかりかまけていられないことくらいは、グレイだって理解していた。

 

 

 ようやく訓練地獄から逃れたクルムは、久々にウェスカと二人で王宮の書庫へやってきていた。

 他勢力への探りは入れ続けてきたが、一週間たっても不穏な動きがみられなかった。

 ハップスだけは慌ただしく何かを調べているようであったが、その行動も身内の間にとどまっている。おそらくグレイの正体を探っているのだろう。

 

 そのグレイはというと、家からようやく荷物が届いて、部屋の中でお店開きをはじめていた。

 クルムも覗いて手伝いはいらないかと尋ねてみたのだがあっさりと断られた。

 ごちゃごちゃと用途のわからぬ物ばかりあったので、クルムは粘ったりせずにグレイを部屋へおいていくことにしたのである。

 

 書庫にはいつもあまり人がいない。

 インク臭くて薄気味悪い場所として人があまり近寄らない場所だが、クルムはこの場所が好きだった。

 人の目を気にせずに思考に没頭できる。

 文字を追いかけている時だけは、自分の立場を頭の隅に追いやることができた。

 

 書庫を守る兵士に挨拶をして中に入ろうとすると「あの」と一声かけられる。

 幾度となく挨拶をしてきて初めてのことだった。

 ここを守る兵士は、体が大きく寡黙な大男が多い。

 

「なんでしょう」

「今……」

 

 言葉を選んで語り出そうとしたところで、扉が内側から開かれて青年が一人姿を現した。

 クルムは最近会ったばかりのその青年に頭を下げて挨拶をする。

 

「珍しいところでお会いしましたね。ご機嫌はいかがでしょうか、ハップスお兄様」

 

 ハップスは丁寧にあいさつをするクルムのことをじろりと睨むと、忌々しそうな表情でため息をついた。

 

「可もなく不可もなく」

「そうですか。調べ物でもされていたのですか?」

「お前には……」

 

 関係ないと言おうとしたのだろう。

 しかしハップスは口を手で覆うようにしてしばし何かを考え始めた。

 

「……いや、なんでもない」

 

 何かを言おうとして口を開きかけたというのに、ハップスは結局何も言わずにクルムの横を早足で通り抜けていった。クルムが推測するに、グレイについての話をしようとして、この間の約束に反すると考え止めたのだ。

 友人殺しの悪人である癖に、昔から律義な性格をしていることはクルムもよく知っていた。よく知っている人間であるからこそ、許せない気持ちも強かった。

 

 クルムは硬くなりそうな表情を意識的に緩め、声をかけてくれた兵士に礼を述べる。

 

「ハップスお兄様がいらっしゃることを教えてくれようとしたのですよね。ありがとうございます。いつもご苦労様です」

「……いえ」

 

 大男は短く一言返事をすると、また扉の隣にまっすぐに立って、像のようにぴたりと動かなくなった。

 

 書庫に入り扉を閉めると、シンという音が聞こえるほどに静かな空間が広がる。

 外から僅かに入ってくる音も、たくさんの紙が吸い込んでしまっているのだろう。

 

 クルムは迷うことなく一つのコーナーへ向かい、その棚を右からずらっと眺める。

 

「……お兄様、やはり先生について調べていたようですね」

 

 クルムが見ている棚には、国の歴史が記された書物がおさまっている。

 今回クルムがここへやって来た目的でもあった。

 

「なぜわかるのです?」

 

 ウェスカにはクルムの言葉の意味が分からなかった。

 

「背表紙が全てきちんとそろっているでしょう。ハップスお兄様は几帳面なのです」

 

 むしろきちんとそろっているのなら、と内心で首を傾げつつ、ウェスカは他の書架もぐるりと眺めてみて気が付いた。

 ここ以外の書架に入った本は、背表紙がばらばらと飛び出しているのだ。

 

「……なるほど」

「ここから前の資料を、そうですね……三十年分。全て持ってきてください」

「承知しました」

 

 クルムは背伸びして本を一冊だけ取り出して、備え付けのテーブルへついた。

 そうして外から入ってくる光を頼りに、ぱらりぱらりとページをめくり始める。

 

 ハップスが気になったように、クルムもグレイの出自について気になっていた。

 魔法の腕。【青天の隠者】という称号。元貴族グレイ=フォン=アルムガルド、という名前。アルムガルド家の没落。

 いまさら何があっても手放すつもりはないが、アルムガルド家については調べておいた方がいい。

 

 随分と書庫通いをしたはずのクルムが、名前を知っているのに没落した理由を知らないというのはどうにもおかしな話なのだ。

 アルムガルド家は歴史書に度々名前が登場する。

 主に戦や魔物の氾濫など、武力を必要とする場面では必ずと言っていいほど王国の発展に大きく寄与してきた名家であるはずだ。

 そして今では存在しない、この国唯一の辺境伯家であった。

 

 だというのに、クルムはアルムガルド家が『親殺し』によって断絶された家ということしか知らない。

 もし王位継承権争いの時に取り潰された家なのだとすれば、歴史書には都合のいいように悪しざまに書かれていてしかるべきなのだ。

 クルムは今一度自分の記憶を確認すべく、手早くページをめくっていく―――。

 

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